この切り出しとゲノムへの挿入に関わるのがCas1/Cas2だが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文ではCas1と逆転写酵素が融合した酵素を持つ細菌が存在し、この細菌では一旦転写されたRNAからもCRISPR配列に挿入してスペーサーを形成することができることを示した論文で2月26日号のScienceに掲載された。タイトルは「Direct CRISPR spacer acquisition from RNA by a natural reverse transcriptase-Cas1 fusion protein (自然にできた逆転写酵素とCas1の融合蛋白によりRNAから直接CRISPRスペーサーを形成する)」だ。
Cas1/Cas2はDNAを標的として切り出す分子だが、RNAから直接スペーサーができる例が示唆されていた。Cas1/Cas2だけではRNAを標的にできないことから、他の分子の存在が示唆された。ゲノムを探索すると、逆転写酵素(RT)とCas1分子が融合した、この目的にぴったりの分子の存在が多くの細菌で確認され、この分子に着目しさらに検討をしている。、面白いことに、この分子は古細菌には存在しない。
まず、RT-Cas1+Cas2を発現した細菌がスペーサーとして取り込んだ配列を調べ、転写活性の高い遺伝子がスペーサーとして取り込まれていることを見つけている。すなわちRNAに転写された後、スペーサーとして取り込まれている可能性が高い。少し専門的になるのでメカニズムは飛ばしてしまうが、直接RNAから取り込まれることを証明するために、自己スプライシングがおこるDNA配列を使うことで、スペーサーがDNAから来たのか、RNAから来たのか区別できる実験系を立ち上げ、RNAから直接スペーサーが形成されることを証明している。最後に、RNAがどの様にしてスペーサーに取り込まれるのか試験管内で検討し、CRISPRリピート部分が切断された後、直接RNAがDNA断端と結合し、これに続いて逆転写酵素を使って相補的DNAを伸ばして修復した後、取り込んだRNAを今度はRNA-Hで分解し、DNAで埋めるという複雑な方法でスペーサーを形成していることを示している。専門外の人にはイメージしにくいと思うが、実際によく似た過程は普通のDNAの複製時にも起こっており、もともと持っているメカニズムをうまく使って、RNAから直接スペーサーが形成できる能力を獲得している様だ。ではなぜ細菌だけが普通のCRISPRに加えて、転写されたRNAから直接スペーサーを作ることが必要かだが、著者らは細菌に感染するRNAウイルスへの備えとして発達したと考えている様だ。
今CRISPRというと遺伝子編集として注目されているが、システム自体それぞれの細菌や古細菌の都合に合わせて多様化したシステムであることがわかっている。今回、これまでとは全く新しいメカニズムが加わって、その多様性の広がりを改めて実感したが、同時にこの新しいメカニズムを利用した新しい遺伝子編集法が開発される様な気がした。