今日紹介するボストン大学からの論文はダウン症の主要障害である知能障害のメカニズムを解明しようとした研究で3月16日号のNeuronに掲載された。タイトルは「Down syndrome developmental brain transcriptome reveals defective oligodendrocyte differentiation and myelination (ダウン症の発生過程の遺伝子発現研究からオリゴデンドロサイト分化とミエリンの異常が明らかになる):だ。
いくら解析が難しい病気と言っても、動物モデルも存在し、研究の歴史の古いダウン症で、神経のミエリン化異常が起こっていることぐらいわかっていなかったのかというのが、タイトルを見たときの正直な感想だった。
いずれにせよ、この研究ではバイアスを持たずにメカニズムを解明するため、ダウン症の発生初期から成人に至るまでの様々な時期の死後脳を集め、新皮質、皮質、海馬など11の異なる場所での遺伝子発現をDNA アレーを用いて解析し、正常と比べている。書くのは簡単だが、サンプル集めを考えるだけでも大変な実験だ。この11箇所から、これまでダウン症の症状に強く関わることが示されてきた前頭背側前部皮質、小脳皮質での遺伝子発現に絞り込んで、ダウン症に特徴的な遺伝子発現パターンがないか検索している。 結果だが、予想通りというか実に多くの遺伝子で発現の違いが見つかっている。この結果を見ると、病態を理解するためには、単純な遺伝病での因果性とは全く違う複合的因果性を解析するための方法の開発が必要なことを実感する。この研究はこの点では特に新しい発想があるわけではなく、従来の解析手法を用いて、神経のミエリン化を行うオリゴデンドロサイトの発生や維持に関わる遺伝子セットの発現が成長するに従って低下することを発見する。次にこの遺伝子発現パターンが実際の神経組織異常に反映されているかを調べ、ミエリンが全体的に減少していることを確認している。ただ、ここまで読み進むと、ミエリンの量が全体的に減少していることはすでに報告されており、この研究で初めて見つかった現象とはいえない様だ。
従って正確に言い直すと、これまで知られていたダウン症でのミエリン減少とダウン症特異的遺伝子発現パターンを相関させることができたことになる。あとは、マウスモデルを用いて、同じようにミエリンの合成が低下していること、またその結果として神経伝達速度が低下していることを認めている。最後に、オリゴデンドロサイトの試験管内分化系を用いて、ダウン症では細胞の成熟段階が強く抑制され、その結果ミエリン化異常が起こっていることを示している。
最後まで読み進むと、結局脳の発生から成長段階で遺伝子発現を調べなくとも同じ結論を導き出せた様な気がするが、ダウン症の原因の一つをオリゴデンドロサイトの成熟異常と特定できたこと、マウスモデルでヒトとほぼ同じ異常をは示すことを明らかにできたこと、そして詳しい遺伝子発現パターンのデータを利用できる様にしたことは、今後の治療法開発研究にとっては重要だろう。なんとかミエリン化を促進する方法を探り出して、対症的な治療が可能になることを期待したい。