今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、プロゲステロンが、遺伝子の転写を直接調節する核内受容体以外にもう一つの受容体を通して反応の早いシグナルを誘導することを精子の活性化をモデルとして示した研究で、8月18日Scienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Unconventional endocannabinoid signaling governs sperm activation via sex hormone progesterone (性ホルモンであるプロゲステロンを介した通常とは違う内因性カンナビノイドシグナルが精子の活性化を調節している)」だ。
精子に限らず、核内受容体以外のプロゲステロン受容体が広く組織に分布していることは知られていたようだ。ただ、通常の細胞では核内受容体を介する活性が強いため、もう一つのシグナルを分離するのはなかなか難しい。そこでこの研究では転写活性のない成熟精子にプロゲステロンを作用させた時に何が起こるか調べ、秒単位でカルシウムチャンネルが開くことを発見した。次に、チャンネルが開くメカニズムを調べ、プロゲステロンが直接結合するのではなく、内因性のカンナビノイドによる抑制が外れてチャンネルが開くことを突き止める。すなわち、細胞膜に存在してカルシウムチャンネルを阻害していた内因性カンナビノイドがプロゲステロンの刺激により分解され、カルシウムチャンネルへの抑制が外れて、チャンネルが開くというプロセスが明らかになった。最後に、プロスタグランジンに結合して内因性カンナビノイドの分解を促進する分子を探索し、ついに加水分解酵素alpha/beta hydrolase domain containing protein 2 (ABHD2)を突き止める。
この結果、精子が精巣上体へと移動していく過程で、1)プロスタグランジン刺激を受け、2)ABHD2酵素が活性化され、3)内因性カンナビノイドの分解を通して膜脂肪酸の再編成が起こり、4)この結果カルシウムチャンネルへの抑制が外れて、5)精子が活性化し人間の場合運動が高まる、というシナリオが示されている。他の細胞では何が起こるのか興味がある点だが、実際生理や妊娠でおこる説明のつかない変化の一部は、ひょっとしたらこのシグナルが関わっているかもしれない。
驚きはないが、一つづつ物知りになれることを実感する研究だった。