ミトコンドリア病の発症メカニズムを知るためにはミトコンドリアの機能でけでなく、細胞学、生理学、神経科学、発生学など、様々なことを基礎知識として仕入れる必要がある。そのため、患者さんだけでなく医師にとっても理解が難しい病気だ。例えば、好気性呼吸の依存率が高い脳や心臓に障害が出やすいのはよくわかるが、では神経細胞でも障害の程度に差が出るのはどうしてかなどを理解するためには神経科学の理解も必要になる。 したがって、もしミトコンドリア病が理解できれば、かなりの物知りになることは間違いない。
さて、今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、なぜ介在ニューロンがミトコンドリア機能不全で選択的に障害されるかを調べた研究で、昨日に続くミトコンドリア病関係の論文として取り上げることにした。タイトルは「Differential mitochondrial requirements for radialy and non-radially migrating cortical neurons: implications for mitochondrial disorders(皮質神経細胞の移動の仕方でミトコンドリア依存性が違っている:ミトコンドリア異常理解のための示唆)」だ。
ほぼすべてのミトコンドリア病患者さんで何らかの神経症状が見られる。これは脳神経の活動には多くのエネルギーが必要だからだと単純に考えられてきた。しかしこの研究では神経細胞の種類によってミトコンドリア依存性に大きな違いがあるのではないかと仮説を立て、脳発生時に皮質の表層へと放射状に移動する投射神経細胞と、脳内を横切って移動する介在ニューロンの、それぞれの移動のミトコンドリア依存性を比べている。
最初、2種類のニューロン内のミトコンドリアの分布の違いに注目して調べ、移動中の投射ニューロンではミトコンドリアが一定しているのに対し、介在ニューロンでは細胞によって分布が大きく変化していることを発見する。この結果を、介在ニューロンの移動にはより多くのエネルギーが必要であることを反映していると考え、次に好気性呼吸を薬理学的、あるいは遺伝的に阻害して神経細胞の移動がどう変化するか調べている。予想通り、ミトコンドリアからのエネルギー供給が抑制されると、介在ニューロンの移動だけが強く障害される。
結果はこれだけで、ある意味では現象論に終わっていると言える。すなわち、方向性が違うだけで、移動しているという点では同じ神経細胞の間に、どうしてこれだけ大きな違いが生まれるのか、今後研究が必要だろう。この論文では、中心体の位置の変化を調べ、神経細胞が移動中に方向性を定めるための極性を維持するために最もエネルギーを使っているのだろうと結論しているが、これも現象論的解析にとどまっている。
幹細胞研究のおかげで、成人の脳でも細胞の新しい供給が続いていることがわかってきた。とすると、供給時に必要な細胞移動も当然障害される。この研究は、この視点からもう一度ミトコンドリア病の神経異常を見直すことの重要性を示している。