今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校からの論文は、瘢痕が神経再生を阻害するとする従来の通説を全く覆し、瘢痕は神経再生を助けることを示唆する論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Astrocyte scar formation aids central nervous system axon regeneration(アストロサイト瘢痕形成は中枢神経系での軸索再生を助ける)」だ。
なぜ通説をもう一度確かめる気になったのか動機はよくわからないが、このグループは脊髄損傷部位へのアストロサイトの浸潤が起こらないマウスモデルを遺伝子操作で作成し、アストロサイト瘢痕がある場合とない場合で、運動神経、感覚神経、自律神経の再生を調べている。用いたモデルマウスでは期待通りアストロサイト瘢痕は全く形成されない。ただ、これまでの通説に反し運動神経、感覚神経の再生は全く誘導されず、神経軸索自体が退縮する。一方。自律神経では退縮は起こらないが、再生も起こらない。同じように古くなったアストロサイト瘢痕を切除して神経再生を見る実験も行っており、切除後アストロサイトの浸潤が起こらないとやはり再生が誘導できない。すなわちアストロサイト瘢痕は再生にとって重要だという結果になる。
しかしよく考えてみると、脊髄損傷の患者さんではアストロサイト瘢痕ができても結局神経再生は起こらない。これに対し著者らは、瘢痕ができるだけではダメで、そこに神経再生因子を加えると初めて再生が起こることを示している。ではアストロサイト瘢痕が神経再生を助けるメカニズムは何か?この点を、脊髄損傷部位の遺伝子発現を瘢痕有無で比較し、確かにこれまでアストロサイト瘢痕の問題として指摘されてきた神経軸索再生を阻害するマトリックスが瘢痕で作られることを確認できるが、それ以上に軸索再生を促進するマトリックスも形成されていることを示して、瘢痕にも重要な機能があると結論している。
実際脊髄損傷の細胞治療は我が国でも始まっているが、導入する細胞は何にしても、この瘢痕の問題をどう考え、どのように対処するのかが今後問われるだろう。理想的なのは、再生を促進するアストロサイトだけを選択的に誘導することだろうが、もし瘢痕の役割が軸索をガイドするマトリックスなら、瘢痕の代わりにマトリックスを損傷部位に移植することも一案だろう。この結果を吉として、早く脊髄損傷の治療を実現してほしい。