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4月9日:未来の薬局(4月1日号Science掲載論文)

2016年4月9日
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  現在、講義を頼まれると、できるだけ21世紀の生命科学全般に共通する課題について話をさせていただくようにしている。しかし医学部で講義をする場合、21世紀の医療に限って話をすることもある。その場合、20世紀の中央集権的社会が、21世紀のpeer to peer社会へと変革するとき医療がどうなるか、ゲノム、IT、コホート、集合知をキーワードに講義を組み立てている。いつも話の最初に、peer to peer社会を象徴する3Dプリンターの普及を見ると、化合物合成機だけが置いてあって、ネットで送られてきた病気やゲノムのデータを元に各人に合致した薬を作ってくれる未来の薬局が21世紀の標準になるかもしれないと、20世紀の遺物にとらわれないことの重要性を強調する。とは言っても、化学合成は私の分野外で、しかも物理と化学は今も最も苦手な領域だ。話していても、実際に具体的イメージがあったわけではなかった。
  ところが今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文を読んで、これまで学生さんに話していたことも、まんざら妄想だけでないことを知ることができた。論文のタイトルは「On-demand continuous-flow production of pharmacyeuticals in a compact, reconfigurable system (コンパクトで設定変更が容易なオンデマンド連続フロー薬剤合成)」で、4月1日号のScienceに掲載された。
  論文に写真が出ているが、要するに様々な化学化合物を、比較的単純な原材料から合成するための小型合成機を作ったという論文だ。実際写真が掲載されており、ちょっと大型の冷蔵庫ぐらいの大きさだ。機械は、幾つかのタイプの反応槽や精製槽をチューブでつないだ構造を持っている。論文では、すでに合成できている化合物ならほとんどをこの装置で合成できると述べている。その上でこの研究では、抗ヒスタミン剤として風邪薬に入っているジフェンドラミン、局所麻酔薬のリドカイン、セルシンとして知られている精神安定剤ディアゼパム、抗うつ剤として用いられる塩酸フルオキセチンを、同じ機械で、チュービングを変えるだけで全て合成している。もちろん分野外で私にわかるのはここまでだが、一般試薬として手に入る化合物を原料として、少なくとも現在使われている化合物の多くを合成できるというのはすごい。この小さな機械からできる薬の量は個人の使用量としてみれば十分だ。例えば最も複雑な反応系が必要な塩酸フルオキセチンだと200-300錠を1日で合成する。例えば錠剤にするための3Dプリンターと組み合わせれば、実際の錠剤としても手に入るかもしれない。   これまで、未来の薬局を21世紀後半の話として若い学生さんに話してきたが、今年からはかなり早い時期に実現可能な技術だと紹介することにする。現在薬剤のネット販売の自由化が議論されているが、こんな議論も昔話になりそうだ。
  薬として利用できる化合物の数は今後も急速に増えるだろう。とすると、儲かる化合物だけが対象になり、ジェネリックメーカーでも手を出さなくなる薬剤は増える。大量の薬剤を一挙に時間をかけて作ることが前提になっている中央集権的創薬を根本的に見直さないと、これまで積み上げてきた人類の知の遺産を捨てることになる。わからないとはいえ、興奮して読んだ論文だった。

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