私にとって、今日紹介するコロンビア大学からの論文もそんな論文の一つだった。タイトルは「BDNF-Val66Met variant and adolescent stresss interact to promote susceptibility to anorexia behavior in mice (BDNF遺伝子のVal66Met変異と成熟期のストレスは相互に作用しあってマウスの食思不振の感受性を高める)」だ。
最初タイトルを見たとき、神経性食思不振症のマウスモデルを作ろうとしている研究者がいるのにまず驚いた。神経性食思不振は食事を取らないため、高い死亡率を示す人間特有の病気だ。ある意味で「食べるために生きている」ような動物が自分で食事を拒否することなどありえないと思っていた。この論文を読んでマウスも状況が揃えば、食事を取らずに死んでしまうこともあることを知り、私の先入観はふっとんだ。そして、論文の端々にマウスでも神経性食思不振は再現できるという著者の思いが伝わってくる。
実際の研究は、これまで患者さんで蓄積されてきた知識をマウスに移す地道な努力の積み重ねであることがわかる。そして、遺伝的変異と、成長期のストレスを組み合わせてついに死に至る食思不全の再現に成功している。
詳細を省いてどうすればマウスに食思不全が再現できたか結論だけを以下に述べる。
まず遺伝的背景として、神経細胞増殖因子の一つBDNFの68番目のバリンがメチオニンに変化した変異マウスを用いている。この変異は、人間で特に強い不安神経症を示す患者さんで見つかったSNPだ。このマウスを生後5週目から他の動物から隔離する。すると、メスマウスの中には一定の割合で餌を食べなくなる個体が現れる。この条件で育てたマウスに7週目から、カロリーが2−3割減るような食事制限を課す。すると食思不全が現れる頻度はほぼ3倍に増えるという結果だ。この症状は7−9週の思春期で最も強く現れ、それ以降は3分の1に減る。そして、食思不全が強い個体では食べなくなって死に至る。ここまでよく再現ができたと感心する。
もちろん「だからなんだ?」と問う人もいるだろう。私も「これで研究が大きく進展する」などと手放しで喜んでいるわけではない。しかし、この研究では、他の個体から隔離して育てるとき、1日一回ケージから出して変化を与えるだけで、食思不全の発症を抑えられることも示しており、様々な治療の思いつきをまずモデルマウスで調べるといった使い方はできる。また何よりも、脳内での変化などはモデル動物でないと調べられない。著者らのひたむきな気持ちにも感心するが、それだけでなく十分期待できるモデルマウスができたと思っている。