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4月28日:ゲノム研究とヒト多能性幹細胞研究の統合(Natureオンライン版掲載論文)

2016年4月28日
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    試験管内で様々な細胞を誘導できるES細胞やiPS細胞は、個体レベルでの実験が困難なヒトの疾患メカニズムを研究するための切り札として順調に発展している。特に最近問題になったジカウイルス感染による小頭症の発症メカニズム研究は印象的で、立て続けにES/iPSを用いた論文がトップジャーナルに掲載された。我が国も負けじと山中さんの呼びかけで、様々な疾患を持つ患者さんから疾患iPSが樹立され、既に治療法の開発にも利用されている。
   たしかに疾患iPSの話は一般の方にiPSの重要性を理解してもらうためにはいい例だが、しかしES/iPSの本当の真価は、例えば遺伝子調節の小さな違いを細胞レベルで再現するといった、より困難な課題の研究で発揮される様に思っていた。特に、同じ様に国をあげて勧められた疾患ゲノムの解析から特定された様々なSNPのうち、イントロンに存在するSNPのメカニズム研究は手つかずのまま残っている。これらをES/iPSを用いて細胞レベルで調べることは、挑戦しがいのある課題だ。
  今日紹介する、リプログラミングと多能性幹細胞分野を常にリードしてきたイエニッシュの研究室からの論文は、ゲノム研究と幹細胞研究の統合のあり方を大御所が身をもって示したとも言える論文で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Parkinson-associated risk variant in distal enhancer of α-synuclein modulates target gene expression (αシヌクレイン遺伝子の遠位エンハンサーに見られる疾患リスク変異が遺伝子発現を変化させる)」だ。
  この研究ではヒトES細胞から神経細胞への分化実験系、CRISPR/Casを用いた遺伝子編集、エピゲノム解析を駆使して、パーキンソン病のリスクを高めるとして特定されていたSNPが、なぜパーキンソン病発症につながるのかという疑問に挑戦している。この時、このSNPを持つ患者さんからiPSを樹立するのではなく、正常のES細胞の遺伝子にCRISPR/Casを用いてSNPを導入し、形質の変化を調ベル方法を採用し、この方がより厳密な研究ができることを示している。また、こうして得られた試験管内のメカニズム研究の結果を、実際の患者さんの組織を使った確認や、SNP同士の関連を調べるゲノム研究といった個体レベルの研究へフィードバックするお手本の様な総合的研究だ。
  詳細を省いて結果だけをまとめておこう。
1) ES細胞のゲノムに様々なSNPを導入する実験を繰り返し、イントロンに存在する一つのSNPによりシヌクレインの発現が上昇することを突き止めている。
2) このSNPを持つ領域は、エンハンサーが高まっていることを示すヒストンが結合している。
3) 実際の発現上昇率は高くはないが、パーキンソンの発症を十分説明できるレベルで、この実験系には、この様な小さな変化でも捉え切れるポテンシャルがある。
4) このSNPの存在により、EMX2,NKX6-1転写因子のエンハンサーへの結合が低下している。このことから、これら転写因子は遺伝子発現を抑えるレプレッサートして働いていることがわかる。
5) すなわち、このSNPが存在すると、ブレーキ役の転写因子のエンハンサーへの結合が低下し、結果としてシヌクレインの産生が上昇し、結果としてパーキンソン病を発症するというシナリオが示された。
残念ながらこのメカニズムが治療法に直結するわけではないが、オーソドックスな疾患メカニズム解析ができている。論文の随所に、小さな変化も捉え切ろうとする厳密さへの欲求がみなぎる、さすが大御所の仕事だと思った。
   とはいえ、同じ様にiPSにゲノム研究を組み合わせて解析を進める若手はいる。私がディレクターを務めたさきがけプロジェクトの北畠くんもその一人だ。疾患メカニズムを明らかにしようとする多くの若手臨床研究家が続くことを期待している。

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