今日はこの課題に対して最近発表された2編の論文を紹介する。最初の論文はカンサス大学を中心にした国際チームからの論文で、2300万年前に単細胞(クラミドモナス)、細胞集合(ゴニウム)、そして体細胞が分化した多細胞体制(ボルボックス)異なる体制をとるように分化した3種類の緑藻類のゲノムを比べ、多細胞体制に伴う変化を調べた研究で4月22日号のNature Communicationsに掲載された。タイトルは「Gonium pectorale genome demonstrates co-option of cell cycle regulation during evolution of multicellularity (Gonium pectoraleゲノムは多細胞体制の進化で細胞周期調節が始まったことを示す)」だ。
この3種類緑藻類は同じ共通祖先から分かれていることが明確で、従ってゲノムの違いは大きくない。この研究ではボルボックスへの進化の過程で、CyclinD1の遺伝子の数が増えること、及び細胞周期の調節分子の一つRB1の構造が、ゴニウム、ボルボックスになるとクラミドモナスから大きく変化することを発見する。そこで、クラミドモナスのRB1遺伝子変異株(細胞が小さくなる)に、ゴニウムのRB1を導入して、RB1遺伝子の変化が、多細胞体制への決定因子かどうか確かめている。結果は期待以上で、ゴニウムのRB1を導入されると、単細胞のクラミドモナスが集合して細胞塊を形成することを見出している。この研究のハイライトはまさにこの機能ゲノミックス実験で、多細胞体制に向けてG1サイクリンの多様化が進み、細胞ごとの細胞周期が用意されるとともに、調節様式が変化することが多細胞形成をガイドすることがわかる。この研究では、ゴニウムからボルボックスへの変化も追求し、細胞外マトリックスが多様化することの重要性を示しているが、まだ機能的研究には進んでいないので割愛する。
もう一編のイスラエル・ワイズマン研究所とスペイン・ポンペウ・ファブラ大学からの論文は多細胞体制に最も近い単細胞生物Capsasporaを選んで、ヒストン修飾などの遺伝子調節機構を、多細胞動物と比べている。タイトルは「The dynamic regulatory genome of Capsaspora and origin of animal multicellularity (Capsasporaゲノムの動的な調節と多細胞動物の起源)」で、5月19日号のCellに掲載予定だ。
Capsasporaは生活環境に応じて単細胞体制、細胞集合、そして嚢胞形成と3種類の形態をとることができ、状態に応じて遺伝子発現を変化させることが知られている。この遺伝子調節に関わるエピジェネティックスを含む遺伝子調節機構をゲノム全体に調べ、多細胞体制に向かうための遺伝子発現調節条件を調べたのが今回の仕事だ。転写調節に関わる様々な機構の変化が示されているが、結論を箇条書きにすると、
1) ヒストン修飾機構などは多細胞動物とほぼ同じ。
2) 高度な転写因子ネットワークが存在する。
3) long non-coding RNAが転写調節に関わっている
などの多細胞動物と共通の機構がすでに存在する一方、多細胞動物で見られる離れた場所から転写を調節する遠位エンハンサーがほとんど発達していないことを発見している。すなわち、転写開始部位のすぐ近くだけで転写調節が完成していることを意味する。従って、ゲノムの構造をより複雑にして、遠い場所から遺伝子調節を行得るようになることが複雑な多細胞体制進化に必須であったことがわかる。
多くの生物のゲノム解読は、着実に進化過程の研究に寄与し続けていることを実感する論文だった。