今日紹介するハーバード大学からの論文もそんな一つで、脳内の炎症に関わる分子経路をたどっていくと腸内細菌産生分子に行き着いたという話で、Nature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Type I interferons and microbial metabolites of tryptophan modulate astrocyte activity and central nervous system inflammation via the aryl hydrocarbon receptor (1型インターフェロンと腸内細菌叢由来トリプトファン代謝物はアストロサイトの活性と芳香族炭化水素受容体を介する中枢神経炎症を変化させる)」だ。
多発性硬化症のような自己免疫性脳炎に対して1型インターフェロン(IFN-1)が抑制効果を持つことがわかっていたが、他の作用も多く、この経路からより特異的な標的を見つけることは重要な創薬課題だった。著者らも同じ目的でマウス脳炎モデルを使って、炎症刺激によりアストロサイトで誘導される遺伝子の中からIFN-1で抑制される炎症分子を探索し、この多くが様々な芳香族炭化水素分子により活性化されるARH受容体を介していることを突き止める。これをきっかけに、論文の前半は、基本的にアストロサイト内でIFN-1からARH発現にいたるシグナル経路の話で、特に新味はない。要するに、IFN-1シグナル経路により誘導されたARHがSOCS2などの誘導を介して炎症を抑えるという話だ。
ところが後半になると、このARHを活性化する芳香族炭化水素分子が腸内細菌によりトリプトファンが壊される過程で作られることを示して、面白い論文になった。実際、ARH分子の発現が上昇しても、それだけでは何も起こらない。ARHが機能するためには、それと結合して転写活性を上昇させるリガンドが必要だ。この研究では最初からリガンドのソースとして腸内細菌に焦点を当てている。そして、炎症マウスにトリプトファンを除いた食事を摂らせると脳内炎症が増悪することを確認している。また、トリプトファンからARHリガンドを作ることができる細菌をアンピシリンで殺すと、やはり脳炎が増悪することを示している。
最後に、ちょっと驚くが多発性硬化症の患者さんと正常人の脳組織の血清を採取し、ヒトでもこの経路が働いていること、そして多発性硬化症の患者さんにはARHを活性化するリガンドの濃度が低いことを明らかにしている。
結果をまとめると、腸内細菌叢でのARHリガンドの生産が落ちることで多発性硬化症が悪化することを示している。したがって、一定量のARHリガンド投与は、多発性硬化症の治療選択の一つだというのが結論だ。多発性硬化症の患者さんへの抗生物質投与には注意が必要なことも重要なメッセージだろう。 しかしARHのリガンドダイオキシンが引き起こす様々な症状を考えると、ARHを刺激して炎症を抑えようとすると、かなりさじ加減が必要な治療になる気がする。