今日紹介するワシントン大学からの論文は、公衆衛生学、細菌学、疫学を統合して細菌感染に立ち向かおうとする研究で、ペッテンコッファーとコッホの論争を知る者にとっては感慨の深い論文だ。タイトルは「Interconnected microbiomes and resistomes in low-income human habitats (低所得の集団に見られる相互に関連した細菌叢と耐性)」で、5月12日号のNatureに掲載された。
この研究の目的は、抗生物質耐性の感染症が人と環境にどのように維持されているのかを明らかにすることだ。このため、糞便や環境に存在する抗生物質耐性に関わる遺伝子を網羅的に探索するための方法が開発されている。実際には、調べたい糞便や土壌に存在する全ての細菌ゲノムを断片化し、遺伝子ライブラリーにして大腸菌に導入、その大腸菌の中から様々な抗生物質に耐性株を取り出し、耐性を付与した遺伝子を網羅的にリストしている。これにより糞便から、1000を超える耐性遺伝子が特定でき、そのうち1割以上は新しい遺伝子であることが示されている。この方法で探索を拡大していけば世界のヒトと環境に存在する耐性遺伝子のデータベースができるだろう。
この方法を用いて、この研究ではエルサルバドルの貧しい農村、及びペルーの都市スラムの住人とその環境に存在する耐性遺伝子を探索し、人と環境の関係を新しい視点から掘り起こそうとしている。
結果はペッテンコッファー時代とそれほど変わりはなく、人の糞便に見られる耐性遺伝子群は、家畜や便所近くの土壌に存在する耐性遺伝子群に近く、家から離れるに従い失われていく。農村では、ほとんどの耐性遺伝子はもっぱら人由来だ。一方、ペルーの都市スラムを調べると、住居から流れる下水の耐性遺伝子群はヒトの糞便より多様化しており、ヒトの糞便と環境とがさらに複雑な相互作用を行って耐性遺伝子を維持していることがわかる。しかし、下水処理場からの排水からは耐性遺伝子群は消失するので、公衆衛生的対応がいかに重要かがわかる。
最後に、これら全ての耐性遺伝子群の塩基配列からヒトや環境中に存在する耐性遺伝子の関連を調べると、多くが水平遺伝子伝搬により広がってきたことが明らかになった。ある意味で、ペッテンコッファーの複合病因説に近いと言ってもよさそうだ(と勝手に思っている)。
最近の腸内細菌叢研究の流行を考えると、この論文も流行を追う研究の一つかと読み飛ばしてしまうが、よく読んでみるとこの論文には全く新しい公衆衛生学や疫学の方向性が示されているように私には思えた。