今日紹介する西オーストラリア大学からの論文もスタチンの多様な作用を示す研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Pravastatin ameliorates placental vascular defects, fetal growth, and cardiac function in a model of glucocorticoid excess (プラバスタチンはグルココルチコイド過剰モデルによる胎盤血管形成異常、胎児発育異常、心機能異常を軽減させる)」だ。
1年もしない間に3Kg以上の細胞塊が形成される胎児発生では、胎盤と胎児の増殖を厳密に調節する必要がある。この増殖期から分化期へのスイッチに、胎児と胎盤でのグルココルチコイドの濃度上昇が関わることが知られている。したがって、増殖期の胎児胎盤のグルココルチコイド濃度は低く保たれる必要があり、この調節に母親からのグルココルチコイドを不活化する酵素HSD11b2が関わっている。
このグループは増殖期のグルココルチコイドの影響をHSD11b2遺伝子ノックアウトマウスを用いて調べていた。この分子が欠損したマウスでは予想通り、臍帯血の血流が低下し、胎児発生が阻害される。この原因を調べていくと、胎児の心臓がまだ十分な大きさに達する前に分化が進んでしまうことがわかった。もちろん他にも様々な影響はあるが、グルココルチコイドの上昇による胎児発生異常の最も重要な原因が、心臓の発達異常にあると結論づけている。
ここでスタチンを選んだ理由が私にもよくわからないが、唐突にスタチンでこの異常が防げないかという実験が行われる。マウス胎児発生6.5日目から17日目まで、メバロチンを母親に投与すると、驚くことにHSD11b2欠損マウスの胎児発生異常を予防することができた。すなわち胎児や胎盤の重さも正常化し、臍帯血の血流も正常化している。
そしてグルココルチコイドで異常が起こった心臓の遺伝子発現のうち、アンジオテンシン転換酵素やコラーゲンの発現を正常化することがわかった。とはいえ、まったく影響を受けない遺伝子発現もあり、スタチンの効果のメカニズムの全像が分かったとは到底言えない。しかし、もともと妊娠時には避けなければならないとされているスタチンが、成長から分化へのスイッチの異常をなんとか取り繕っているという結果は面白い。結局メカニズムはよくわからないまま終わっている論文だが、現象の面白さで採択されたのだろう。
このホームページでも、スタチンの意外な効果を紹介してきた。例えば多発性硬化症に対する効果がその例だが、理由は後にして、とりあえずスタチンの効果を調べてみても、バカにされないで済む時代がきているのではないかと思える。
アスピリンと同じように、「困った時のスタチン」と言える安価な保健薬としてスタチンが定着するようになれば、ノーベル賞の声が聞こえるような気がする。