今日紹介するウェールズ・カーディフ大学からの論文は1型糖尿病患者から分離されたT細胞のTcRの交差反応性を調べた研究でThe Journal of Clinical Investigationオンライン版に掲載された。タイトルは「Hotspot autoimmune T cell receptor binding underlies pathogen and insulin peptide cross-reactivity (自己免疫性TcR結合のホットスポットが病原とインシュリンペプチドの交差反応性の基礎となっている)」だ。
先に述べた理由で、本当に1型糖尿病を理解しようと思えば、その原因になっているTcRを詳しく調べるのが本道で、これにより遺伝的要因も逆に理解できるようになる。このグループはこれまでの研究でβ細胞のインシュリンペプチドに反応するT細胞クローン1E6を分離し、このTcRがインシュリンペプチドだけでなく、多くのペプチドと反応できることを見出していた。すなわち、TcRの中には自己抗原とともに多くの外来抗原に反応できる厄介なものが確かに存在することを見出していた。この研究は、これを可能にしている分子構造的基盤を明らかにしようとしており、自己抗原としてのインシュリンペプチドとともに、バクテリア由来のペプチドを含む8種類のペプチドと1E6 TcRとの反応の構造的基盤を調べている。
結論を述べると、TcRの中には抗原特異性の融通が効くものがあり、今回調べた1E6 TcRでは3アミノ酸からなるペプチドの中核と強く結合(ホットスポット)してしまうと、残りの部位はどんな配列でも反応できることが構造的に示されている。重要なのは、調べられたペプチドのうち、自己免疫を引き起こしているペプチドは最も反応性が低いペプチドである点だ。すなわち、実際には感染で誘導された1E6が、親和性は低くともベータ細胞のインシュリンペプチドに反応して細胞を障害している順番を強く示唆している。さらに、人に感染できるウイルスゲノムデータを調べると、なんと50種類ものホットスポットと結合できる中核を持ったペプチドが存在する。これを考えると、小児発症、成人発症を問わず、感染症が引き金になるケースがかなり多いのではと考えられる。
このような可能性をさらに実際のヒトで明らかにするには、一定のリスク要因のある健常人を長期に追跡する研究が必要になる。今日紹介するもう一報のミュンヘン・ヘルムホルツセンターからの論文はそのようなコホート研究が始まったことを報告した論文でThe BMJ Open6月号に掲載された。タイトルは「Capillary blood islet autoantibody screening for identifying pre-type 1 diabetes in the general population: design and initial results of the Fr1da study (1型糖尿病の前段階を捉えるための毛細管血液採取による膵島自己抗体スクリーニング:デザインと最初の結果)」だ。
この研究ではドイツババリア州で、2−5歳児をリクルートし、まずキャピラリー採血を用いて3種類のβ細胞由来自己抗原に対する抗体の有無を調べ、陽性群を発病まで追跡する研究だ。この論文では最初のレポートとして、これまでリクルートできた26760人についての結果が示されている。調べた自己抗原のうち2種類以上に反応したのは105人で、そのうち再検査も陽性だったのが63人だった。このうち9%には耐糖検査が低下しており、2%は糖尿病発症と言える状態だったという結果だ。今後、この中からさらに患者さんが出てくるだろう。このような息の長い仕事の中から、初期に何が起こったのか、感染はあるのかが明らかになると思う。
1型糖尿病で失われたβ細胞は細胞移植でしか戻らないが、病気を論理的に予防することも同じように重要だ。そのためには、TcRの研究から生まれた成果を、コホート研究に適用することが今後重要になると思う。