読んでみるとさすが社会学論文、イントロダクションにはマルクス,エンゲルス、カウッキーなどの引用がならぶ。扱っている問題から言えば、当然と言えば当然の引用だが、変に感心してしまう。さらに驚くのは、この論文のライトモチーフとしてイタリア共産党のアントニオ・グラムシの言葉「政治的にいえば一般大衆は政党に組織化されて初めて一般大衆として現れる」が、掲げられていることだ。私自身は懐かしさもありついつい引き込まれてしまった。
さて論文だが、米国、カナダ両国政府や労働組合などから100年以上にわたる様々な統計データを得て参考にしているが、後は当時の政治状況などを米国とカナダで比べ、様々な可能性を考察した後自分の考えを述べたに過ぎないと言っておこう。
問題提起として、1800年後半から現在まで、独立左翼政党がどの程度支持を得ているか調べたグラフが示される。これによると、大恐慌前までは米国もカナダも、独立左翼政党を支持する集団がいた。にもかかわらず、大恐慌後米国から独立左翼政党の支持者が完全に消え、現在に至っている。一方カナダでは年度により変化はあるが、独立左翼政党は20−30%の支持が続いている。なぜこの差が生まれたのか?この間、都市への人口集中、農村人口の低下、労働者の組織化は両国で同じように進んでいるので、社会経済的条件でこの差を説明するわけにはいかない。
したがって、この差の原因について、これまで両国の国民性の違い(例えば米国は共和主義で、個人の自由を優先する)といったソフトな面に焦点を当て説明されることが多かったようだ。詳細は省くが、この研究では幾つかの有力な説を俎上に乗せ、いずれの説も根拠が乏しいとして論破している。
その上でこの著者は、国民性や政治風土は確かに制約因子として働いていても、最終的な決定因子になりえず、「一般大衆は党派として組織された時に初めて一般大衆として現れる」とグラムシが語るように、大恐慌に直面した米国、カナダの各政党が労働者や農民に対してとった政策が、左翼に対する両国の一般大衆の支持の差を生み出したと結論する。即ち、声なき声が党派で組織化されてると、同じ大衆でも違う声を出すという結論だ
論点を箇条書きにすると、
1) 大恐慌以前は米国でも労働者や農民に支持される独立左翼政党は存在した、
2) しかし、労働組合主導で政党が誕生することはなく、例えば米国の労働組合の中には共和党を支持する組合があった。
3) このような状況の中で、大恐慌により両国の労働者、農民は厳しい状況に直面し、政府に対する抗議活動が高まった。
4) この抗議に対して、民主党ルーズベルトはニューディール政策を打ち出し、有名な「忘れられた人たち」と題する演説で、民主党が都市労働者や農民を代表していることを訴えることで、労働者、農民の運動を民主党に合同し、取り込みに成功した。
5) 一方カナダでは、保守党だけでなく、既存の政党は労働者や農民の抗議運動を抑圧する方向に動いたため、政党から除外された労働者・農民はオルタナティブとして独立した左翼政党を形成する(当時の協同連邦党、現在の新民主党)
結構長い論文で、他にも様々な議論がなされているが、要するに大恐慌というストレスに晒された労働者、農民をアメリカでは既存の政党(民主党)が積極的に取り込んだため、オルタナティブとしての独立左翼的政党の成立が抑制されたという結論だ。論文の中では、この考えを支持する歴史的事実が具体的に紹介されているが(例えば、ミネソタ州では恐慌前は農民労働党が存在し、選挙で勝利することもあったが、恐慌後は消滅する)、詳細は省こう。いつも理解が難しい政党と大衆の関係を見るときの一つの視点を学んだ気がする。
ただ私見だが、米国とカナダの差が全てニューディール政策での労働者の取り込みに起因するかどうかは疑問だと思う。特に今回のアメリカ大統領選挙を見ていると、大統領選挙という特殊な制度にも支えられているように感じる。
欧州やカナダをみると、例えば緑の党のように、既存の政党に無視された層が、新しいオルタナティブを政党として成長させている。フランス「国民党」、オーストリアの「自由党」のような右派政党も既存政党から無視されたオルタナティブが成長した例だろう。
一方現在のアメリカ大統領選挙での民主党のサンダースや共和党のトランプを見ると、本来ならオルタナティブとして既存政党に対抗する運動が、党の活動として完全に吸収できるように設計されている。一見わかりにくい大統領選挙の仕組みも、この論文から学んだ観点から見ると、理解できた気になる。その意味では面白い論文だった。機会があればこれに懲りず、社会学や経済学の論文も紹介した音思っている。