今日紹介する5月19日号のNatureに掲載されたハーバード大学の論文は、人工的な有機合成のための有機化学の重要性を十分に語る研究だ。タイトルは「A platform for the discovery of new macrolide antidiotics(新しいマクロライド系抗生物質発見のための基盤)」だ。
紹介しようとする人間が最初から言い訳するのも見苦しいが、実を言うと生物学で育った私にとって、ここに示されているデータ(すなわち化学反応式)の詳細は理解できているわけではない。それでも、この研究の重要性はよくわかるので、私がわかる範囲でぜひ紹介したいと思った。
細菌や植物から得られる抗生物質は一種の有機化合物だが、有機化学者の努力で、多くの抗生物質は生物の力を借りずに合成できるようになっている。ただ中には、今でも合成が難しく合成を生物に頼っているものも多い。そのうちの一つがマクロライド系の抗生物質で、今も完全合成が難しい。それはそれでいいのではと思うが、完全合成ができないと、新しいマクロライド化合物は全てエリスロマイシンから始める必要がある。このため、スタートに用いるエリスロマイシンの構造に制限され多様な派生化合物構造を作ることができない。このため、耐性菌に対抗するための化合物のレパートリーが限られてしまう。この課題に挑戦したのがこの研究だ。
様々な試行錯誤の結果だろうが、著者らはエリスロマイシンを含むマクロライド系化合物は、14-membered azaketolideを中間体として用いることで完全合成できることを示している。論文ではまず単純な合成ブロックとなる化合物から14-membered azaketolideを合成する経路について示している。この方法のハイライトは、エリスロマイシン人工合成をこれまで阻んでいた大環状化反応を安定的に可能にしたことで、この結果14-membered azaketolideの合成ができるようになった。 次に14-membered azaketolideから始めることで、様々なマクロライド系化合物を人工合成することが可能であることを示している。実際、新しく開発した方法で300種類以上のマクロライド系化合物を合成し、こう生物としての活性があるか調べ、実に合成した83%の化合物が構成活性を持ち、そのうち幾つかは新しいマクロライド系抗生物質として有望であることを示している。
示されている化学反応式については理解できたわけではないが、それでも人工的に合成する経路を開発することで、生物に頼るよりははるかに多様なマクロライド系の化合物が合成できるようになり、新しい抗生剤の基盤となることはよくわかった。
パストゥール以来、無生物から生物が生まれることは否定されてきた。もちろん、当時のように腐った肉から短期間で生命が発生することは否定できても、38億年前に長い時間をかけてパストゥールが否定した過程が起こったことは確かだ。ぜひ多くの有機化学者が、この分野の研究発展にも貢献して欲しいと期待する。
西川先生、
有機合成化学者は、作りたい最終物から逆に化学反応を辿って前駆体を描きつつ、最初の出発原料にたどり着く「逆合成」と呼ばれるプロセスを経て、合成段階ごとの反応を決定し全体の戦略を紙の上で練ります。ここでは、さまざまな有機合成素反応の知識と、洞察力が必要になります。この合成化学者の脳内アルゴリズムをAIで実現できないかと思う今日この頃です。以前に、ハーバードの合成研究者が機械学習的なプログラムを作ったことがありましたが、さまざまな分野の研究者の思考過程がAIに置き換わる時代は来るのでしょうか??
私の方が橋爪さんのようなプロの意見を聞きたいと思いました。
大村先生や後藤先生が微生物から医薬品のタネを探索され、我々は大いに恩恵を受けました。それらの構造決定には各種分光学的手法が用いられますが、最終的な構造確定には有機合成による合成がおこなわれます。合成の論文の書き出しにはこのような目的を書いたものですが、それだけではバジェットが獲得できなくなり、薬効薬理やケミカルバイオロジーを関連させるようになりました。自然界が作り出せないものを創造する目的で再び有機合成化学の役割に光が当たることは、我々にとって朗報です。製薬会社は低分子創薬からバイオロジクスへシフトする中、再び低分子~中分子創薬の出番が来ることを望みます。
コラム中のエリスロマイシンは胃酸による不安定性が問題となりましたが、エリスロマイシンを部分的に構造改変(半合成)し、アジスロマイシン(ジスロマック)が誕生しました。アジスロマイシンは,高い組織移行性,長い半
減期により,1 日1 回投与が可能などの点から有用性
の高い抗菌薬となりました。
橋爪さんの解説は助かります。今後も有機化学はふりますので、よろしく。