今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、各tRNAの発現量のバランスを正確に測ることで、このバランスの歪みがガンの悪性化につながることを示した論文で6月2日号のCellに掲載された。タイトルは「Modulated expression of specific tRNAs derives gene expression and cancer progression (特定のtRNAの発現変化は遺伝子発現とガンの進展を促進する)」だ。
この研究のハイライトは、tRNAの発現量を測る方法を開発したことだ。一般の方には耳慣れないことだろうが、tRNAには様々な修飾が加えられており、またヘアピン構造など複雑な2次構造を持っているため、逆転写酵素でcDNAを作ることは簡単ではなかった。この研究では、2本の長いDNAをtRNAとペアリングさせた後、残った切れ目をリガーゼで結合させることで、逆転写酵素を使わずアンチセンスcDNA鎖を合成するという凝った方法を開発し、各tRNAの発現を測定できるようにしている。この方法の開発がこの論文のほぼ全てと言っていい。
後はこの方法を用いて、様々な乳がん細胞を調べ、ガンではtRNA発現のバランスが大きく歪んでいることを発見する。なかでも、UUC-tRNA(グルタミン酸)、CCG-tRNA(アルギニン)のアンチコドンを持つtRNAの発現がガンだけで上昇していることが明らかになった。実際のガンで調べても同じ傾向がみられる。そこで、これらのtRNAの発現を上げたり下げたりしてガンの悪性度を調べると、これらのtRNAが上昇するとガンの悪性度が上昇することがわかった。
この結果は、mRNAがGAAのコドンを多く使ってグルタミン酸をコードしている場合に、タンパク質の翻訳量が上昇することが予想できる。すなわち、発現が上昇したtRNAに対応するコドンを多く持ったmRNAの翻訳が上昇することで、一部のタンパク質の発現が上昇する可能性を示唆する。そこで、これらtRNA上昇と並行して上昇するタンパク質を探索、EXOSC2,GRIPAP1分子の発現が特に強く上昇していることを見出している。最後に、それぞれの分子とガンの悪性化との関わりを調べ、EXOS2,GRIPAP1分子の発現をノックダウンすると悪性度が減少することを示している。
他にも、実際にこのタンパク質発現の変化がコドンの分布の違いであることなどを証明するために詳細な実験が行われているが、紹介は省いていいだろう。
残念ながら、なぜtRNAの発現が歪むのかについては不明のままだが、意外な可能性を学ぶことができた、面白い論文だった。