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6月13日:腸の幹細胞を守るクリプト構造(6月16日号Cell掲載論文)

2016年6月13日
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   最近急速に進む腸内細菌叢の研究から、細菌叢はその中に存在する一部の菌の合成する単鎖脂肪酸を介して私たちの体の細胞に多様な影響を及ぼすことがわかってきた。例えば9月6日号のNatureにはエール大学のグループが、細菌叢が合成する酢酸塩が副交感神経細胞刺激を介してインシュリン分泌など体の代謝を肥満の方向へ変化させるという研究が発表されていた(Perry et al, Nature 534:213, 2016)。一般的に細菌叢の合成する単鎖脂肪酸は体に良い働きをすると思われているが、酢酸塩合成細菌も実際食べ物が少ない時代には、しっかりと栄養を身につけるための重要な刺激として私たちと共進化してきたのだろう。しかし、同じ機能は飽食の時代には肥満の原因になる。
   酪酸も細菌叢が合成する単鎖脂肪酸で抑制性T細胞の分化を促してアレルギーや炎症を抑える効果が注目されている。今日紹介するワシントン大学からの論文は、同じ酪酸が腸管の幹細胞の増殖を抑制し、高濃度では細胞死を誘導することを示し、そのメカニズムを明らかにした研究で6月16日号のCellに掲載された。タイトルは「The colonic crypt protects stem cells from microbiota derived metabolites (大腸のクリプトは細菌叢由来の代謝物から幹細胞を守る)」だ。
   この研究は最初から細菌叢が分泌する探査脂肪酸の大腸の幹細胞への影響に絞って実験を行っている。まず試験管内で幹細胞から形成させたオルガノイドに様々な単鎖脂肪酸を作用させ、酪酸のみ幹細胞の増殖を阻害することを明らかにした。ただ、これは試験管内での話で、マウスに酪酸を投与しても、幹細胞に強い影響は見られない。したがって、体の中では幹細胞は細菌叢の合成する酪酸から守られている。著者らは、大腸のクリプトと呼ばれる大腸組織の奥深くに入り込んだ上皮構造が、クリプトの底辺にある幹細胞を守っているのではと考え、クリプトの存在しないゼブラフィッシュに酪酸を投与する実験、あるいは組織を障害して幹細胞が露出するような実験系を用いて、クリプトが幹細胞を酪酸の作用から守っていることを明らかにしている。
  次にクリプトによる酪酸解毒作用のメカニズムを調べ、アシルCoAデヒドロゲナーゼがクリプト細胞内で酪酸を分解し、エネルギーとして使ってしまうことを示した。
  最後に、酪酸が幹細胞の増殖を抑制するメカニズムを調べ、Foxo3転写因子の標的遺伝子への結合を直接的に高めることが細胞増殖の抑制のメカニズムであることを示している。Foxo3は幹細胞を静止期に止める分子であることから、納得できる結果だ。
   以上、酪酸は直接Foxo3に働いてFoxo3のDNA 結合活性を高めて、幹細胞の増殖を抑えるが、この作用はクリプトの上皮細胞が酪酸を代赭分解することで、防がれているという結果だ。
   しかし、解毒できるにしても幹細胞の増殖という重要な機能を抑制する酪酸を合成する細菌叢がどうして維持されるのか不思議だ。これに対し、著者らは組織障害時に幹細胞が完全に消失するのを防ぐため、酪酸が増殖を抑え組織を守るとする考えを提案している。このような複雑な関係の成立は、今後腸内細菌叢と私たちの体が共に作用しあって進化する共進化過程の重要な課題になることを示唆している。

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