この技術は、タンパク質をそのまま高電圧の電子線で観察する技術で、私がドイツから帰国して京大で研究を始めた頃、理学部の山岸さんたちが核酸を観察するためこの技術を開発しており、ヘリウムで冷却したステージの振動にどう対処するかなど、苦労話を何度も聞いたのを覚えている。
その後、ゲノムプロジェクトの進展、リコンビナントタンパク質合成、CMOSセンサーによる直接撮影、そして何よりもコンピューターによる画像処理技術の進展で、単一粒子クライオ電子顕微鏡法という技術が開発され、多くの単一分子の画像を集めて高解像の解析像を得ることが可能になり、2010年以降急速に普及してきた。
今日紹介するドイツ・マックスプランク分子生理学研究所からの論文は、この技術を使った極め付けのような例で、この技術の要点を知るには格好の論文と言える。タイトルは「Cryo-EM structure of a human cytoplasmic actomyosin complex at near-atomic resoluteion (クライオ電子顕微鏡方によるヒトの細胞室内アクトミオシン複合体のほぼ原子レベルの解像度の構造)」で、6月30日号のNatureに掲載された。
もちろん結晶化したミオシンを使った研究は古くから行われている。また、筋収縮の構造解析は、電子顕微鏡が最も活躍した分野だった。ただ、アクチンとミオシンによる複合体は結晶化が難しく、収縮力がどう発生するかについての構造解析は遅れていた。この研究では、アクチン、ミオシン、トロポミオシンなどを別々に合成し、これを混合してできたアクトミオシン複合体を、単一粒子クライオ電子顕微鏡で観察し、それぞれの分子がどう相互作用しているのかを原子レベルの解像度で明らかにしている。
さて結果だが、これは言葉で表すのはほぼ不可能だ。もともと構造解析の結果は、いくら眺めていても意味がない。一方、その分子について様々な疑問を持っている時には、構造はほとんどの生化学実験に優る価値を持っている。従って、読者の皆さんには、アクトミオシンの構造に関わる疑問を持った時、ぜひ参照して欲しいというほかない。
ただこれで終わるのはあまりにそっけないので、最後に、アクチンとミオシンが弱い会合から、互いに強い結合に至る分子過程が手に取るように示されていることを付け加えておこう。
35年を経て、クライオ顕微鏡技術がついに花咲いていることを伝えるのが今日の目的だ。