その後、PCRが開発されると、少ない細胞から遺伝子ライブラリーを作成することが可能になり、小さな領域、あるいはそこに存在する一個の細胞が発現している全遺伝子を調べることが可能になっている。このおかげで、遺伝子発現の空間的・時間的制御のメカニズムの研究は一段と促進された。
しかし単一細胞ライブラリーなどこれまで用いられている方法は、一旦細胞を壊してしまうと、その由来や局在を結果から判断するしかなく、一種の自己矛盾を抱えていた。
今日紹介するスウェーデン・カロリンスカ研究所からの論文は、組織からまず細胞集団を分離するこれまでの方法とは全く異なる方法で組織局所からの遺伝子ライブラリー作成法を報告しており、感銘を受けた。タイトルは「Visualization and analysis of gene expression in tissue section by spatial transcriptomics(空間的トランスクリプトーム解析を用いて組織切片の遺伝子発現を可視化する)」で、7月1日号のScienceに掲載された。
組織切片を貼り付けるスライドグラスにRNAをトラップするプライマーを前もって塗布しておくのがこの方法のポイントだが、一種類のプライマーをただ塗布するのではなく、RNAを補足するためのプライマーを約1000種類の配列の異なるバーコードで標識し、回収した遺伝子の場所の特定ができるようにしている。
具体的には6x6cmの領域を100μのスポットに区分し、それぞれのスポットに異なるバーコードのついたプライマーを塗ったスライドグラスを用意し、その上に組織を貼り付ける。
組織を貼り付けた後、細胞膜を破壊すると組織中のmRNAは近くのプライマーに補足される。そこに逆転写酵素を加えてcDNAを合成すると、その局在を反映した遺伝子ライブラリーが合成できる。
この後、組織を全て溶解するとスライドグラス上にはプライマーと結合したライブラリーが残る。これをプライマーごと全部回収すると、普通なら空間局在がわからなくなるが、局在はプライマーについたバーコードで特定できるので、欲しい場所のライブラリーを、バーコードを手掛かりに選択的に回収できるという算段だ。
これを聞くと大変な技術かと思われるかもしれないが、DNAマイクロアレー作成に普通に使っている技術の応用で、これを組織局在を反映するトランスクリプトーム解析に使おうとした着想が素晴らしい。
脳を中心に実際この方法をどう利用できるかデータが示されているが、紹介する必要はないだろう。著者らが意図した通り、局在を反映する高品質のライブラリーの作成に成功している。例えば単一細胞ライブラリーと比べて、含まれる遺伝子はほぼ倍になっている。
おそらくどこかの会社が製品化し、脳研究、ガン研究を中心に、かなり普及するのではないかと思うが、21世紀のゲノムイノベーションがますます加速していることを実感させる面白い論文だった。