最近この分野の論文を読んでいると、ドイツ・ライプチッヒの人類進化学研究所と並んで、コペンハーゲン大学に属する自然史博物館のグループの存在が目立つように思う。一方、少なくともトップジャーナルを見る限り、我が国のプレゼンスは低く、テコ入れが必要な分野ではないかと思う。
今日紹介するのもコペンハーゲン自然史博物館からの論文で、人類のユーラシア大陸からアメリカ大陸への移動ルートについての研究で、Natureオンライン版に8月10日掲載された。タイトルは「Postglacial viability and colonization in North America’s ice-free corridor(氷河期以後の北米の氷が消えた回廊の生存可能性と植民)」だ。
この研究の背景から説明しよう。
北米の原住民は全てベーリング海峡を渡ってユーラシア大陸から移動してきたことがわかっているが、移動ルートについは諸説存在している。これまで最も有力なのは、アラスカからカナダ全域を完全に閉ざしていた氷河の一部が、1.3万年前に東西に後退して人が住める回廊が形成され、このルートを通って移動したと考える説だ。
ところが、最近の考古学的研究から、氷河が後退する前からすでに人類がアメリカに渡っているという証拠が出てきて、太平洋沿岸の海岸線を伝って人類が移動したとする説が有力になっている。
しかし、様々な氷河がいつ後退し、植物が成長する環境が生まれたのかを同位元素のデータだけから推察することは困難で、論争は現在も続いている。
この研究では、氷河が後退し生命が活動した時期を、比較的長期間保存される花粉、化石、微小化石、そしてその時蓄積されたDNA解析など考えられる全ての技術を総動員して特定している。
具体的にはこの回廊での氷河の後退で形成された氷河湖の堆積物をボーリングで採取、炭素同位元素による年代測定で1.2-1.3万年前の土の中に残る生命の痕跡を探している。
詳細は省くが、この研究から得られた結果は以下のようにまとめられる。
1) DNAの配列解析から得られる生命の痕跡は、残っている花粉のデータと一致し、今回採用した方法により各年代の生物相を推察することが可能であること。
2) 花粉による性生殖の始まりの遅いポプラなどは、花粉よりDNA解析の方が正確に当時の生息状態を反映している。
3) ポプラの存在は、火を得るための木材が存在したことを示すこと。
4) 化石として見つからなくとも、DNAの解析から、鹿やハタネズミなどの哺乳類、食物連鎖の上位に位置するカマスやワシなどの存在を確認できること。
5) そしてこれらの痕跡は全て1.3万年より後に起こっていること。
この結果は、アメリカ大陸の最初の人類には回廊を使うことは不可能で、ほぼ全て海岸線を伝って移動してきたグループの子孫で、これまで回廊とされてきた領域でで発見される人類や動物の痕跡は、南下に成功した人類の一部が、北へ再移動した結果を見ているのだろうと結論している。
今後古代の堆積物に残る生命の痕跡研究が盛んになることを予感させる面白い研究だった。