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9月2日:アルツハイマー病の抗体療法(9月1日号Nature掲載論文)

2016年9月2日
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   ガンと並んでアルツハイマー病は先進国の医学が抱える最重要課題で、多くの国で優先的に研究予算が回され、研究推進が行われている。ただ、ガン研究を比べると、アルツハイマー病は病気の経過が長く、また薬剤が届きにくい脳内の病気であることから治療開発のための戦略は限られてきた。
   この戦略の中で最も期待されているのが、アルツハイマー病で脳内に蓄積するβアミロイドに特異的抗体を結合させて、これをミクログリアの力を借りて除去してしまう方法だ。多くの会社が様々な抗体を開発し、治験を始めた。ところが、2014年大手製薬会社PfeizerとEli-Lillyがそれぞれ進めてきた抗体薬の第3相治験で効果が確認されず、この治療戦略に対する失望が広がっていた。
   これに対し今日紹介するアメリカBiogenからの論文は、抗体を選べばこの戦略が有望であることを示した第1b相の研究で、臨床治験の論文には珍しく9月1日号のNatureに掲載された。タイトルは「The antibody aducanumab reduces Aβ plaques in Alzheimer’s disease (抗体、Aducanumabはアルツハイマー病のAβプラークを減少させる)」だ。
   この研究で使われた抗Aβ抗体aducanumabは作成方法がこれまでの抗体とは異なり、アミロイドが重合してプラークを作るときに新たに生まれる抗原を標的に作成している。ただ、動物で抗体を作ってしまうと、プラークだけに反応する抗体を作るのは難しかった。代わりに、正常のアミロイドにはすでに寛容になっているヒトB細胞を直接刺激する系を用いて重合アミロイドにだけ特異的な抗体を得ることに成功している。
   あとは普通の治験研究と同じだ。514人の患者さんの中から病気の状態を追跡するための条件が揃った患者さん166名を選び偽薬を含む異なる用量を投与する5群に無作為的に振り分け、54週目で脳内のAβ量を測るPETを含む臨床データを集め、効果を判定している。抗体役の投与方法だが、1ヶ月に1回、点滴で投与しており、これなら患者さんの負担もそう多くないだろう。
   さて結果だが、最も効果がはっきりしていたPET画像のデータを示すところから始めている。実際に見てみると驚きの結果だ。最も多い用量を投与した患者さんではほとんど健常人の範囲に治まってきている。ただ、この検査は直接プラークだけに特異的ではないので、病気の原因が完全に取り除かれたと喜ぶわけにはいかない。
   実際にプラークが減少していることはどうしても動物実験を行うか、あるいは治療中の患者さんが亡くなった時に解剖して確かめるほかない。この研究では、動物モデルに同じ抗体を投与し、組織学的及び生化学的にプラークが減少することを確認している。このデータを足したことが、Natureを発表に選んだ理由かもしれない。いずれにせよ、説得力がある。
      さて症状だが、PET画像の改善と比べると効果は遅く現れてくる。2種類の評価法で調べているが、半年目には全ての用量でほとんど効果が見られない。おそらく研究者はがっかりしたことだろう。しかし1年経ってみると、用量に比例して効果が現れ、アルツハイマー病の進行を止めることができている。
   抗体療法のもう一つの問題は、抗体が脳内に到達するかどうかだ。今回これを確かめることはしていないが、この抗体が脳に到達し、しかも繊維状のAβからできたプラークだけに結合することを示している。効果から見ても、抗体は脳内にわざわざ投与しなくとも、一定量脳内に到達することを示している。
   最後に副作用だが、20例が副作用のために治療を中断しており、用量が多いほど副作用も多い。副作用のうち最も多いのが、ARIA(アミロイド関連画像異常)と呼ばれる、血管浮腫に相当すると思われるMRI画像上の異常だ。これと並行して頭痛が起こっている。ほかに用量依存的副作用として尿路感染も記載されているが、私にはこの原因は理解しにくい。
   以上まとめると、これまでの抗体治療と異なり、かなり有望な抗体薬が開発されたと言っていいのではないだろうか。投与方法にしても、アルツハイマーの患者さんにも許容できる範囲だ。しかし、まだ1年経過を見ただけの第1b相治験だ。副作用から考えて、もっと長期に投与した場合はどうかなど、最終的に臨床に利用可能かどうかの結論が出るにはまだ時間がかかるだろう。とはいえ、私がこれまで読んだ中では、すでに確立したアルツハイマー病に対する抗体治療の可能性について最も説得力のある論文だった。
   最後に一つ気がかりなのは値段だ。もし効果が明らかになれば、多くの人が使える値段にして欲しいと思う。

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