この契約により、アイスランド国民から医学レコードや家族歴の提供を受け、その代わりにDeCode社が全ての国民のGWASを中心としたゲノムを解読し、その結果を国民にも提供するという画期的なビジネスモデルを作り上げ、ゲノム解読の個人サービスの先駆けとなった会社だ。高々30万人強の小さな国だから、このような取引が成立できたと思うが、個人ゲノム研究の伝説を作ったと言って良い。
実際、創立後現在まで、トップジャーナルに多くのゲノム解析の論文を発表しており、研究を最も重視するゲノム企業として高く評価されてきた。デコード社の論文を読むと、システムができると、病気の遺伝子リスクを叩き出すのがいかに簡単になるかがよくわかる。この点を、デコード社から発表された最新の論文を例に見てみよう。
残念ながら8月、9月にはdeCode社からの論文がなかったので、7月25日にNature CommunicationsにdeCode社から発表された論文を見ながら、deCode社のビジネスモデルについて説明してみよう。このために選んだ論文のタイトルは、「Common variants upstream of KDR encoding VEGR2 and TTC39B associated with endometriosis(VEGFR2をコードするKDR遺伝子とTTC39B 遺伝子の上流のコモンバリアントは子宮内膜症と相関している)」で、7月25日号のNature Communications に掲載された。
この研究では子宮内膜症に注目しているが、deCode社にとって患者さんのデータを集めるのは簡単だ。アイスランドの医療機関で子宮内膜症として組織学的に診断がついた1800症例の様々な検査結果を即座に集めることができる。これができると、あとはすでに解読が終わったゲノム全体にわたる多型データから子宮内膜症との相関を示すSNPを探せば良いだけだ。実際国民と契約を交わしているdeCode社にとって、組織学的に診断が確定した1840名の子宮内膜症患者さんの情報を集めることは簡単だ。おそらくサンプルを集めるという手間を全て省いて、血管内皮細胞増殖因子受容体の遺伝子上流と、TTC39B遺伝子上流に存在する種類のSNPが、比較的高いオッズ比で子宮内膜症と相関することができるのだろう。
結果はこれだけで、deCodeのことを何も知らないで読んでしまうと、なるほど血管新生に関係ある遺伝子の上流が内膜症に関わるのかと納得するだけで終わるのだが、この会社の歴史を知っていると、最初からやり直さなくても、多くの病気についてリスクの高い多型を特定するのはdeCodeにとっては朝飯前として提供ができるようになっているのがわかる。恐るべしdeCodeモデルと感嘆する。
しかし、このdeCodeは最近アメリカの製薬会社アムジェン社に4億ドルで買収され、現在はdeCode/Amgenがこの論文の著者の帰属になっている。これは、アムジェンがdeCode社のゲノムテクノロジーとデータに強い興味を示していたからだが、皮肉な見方をすると、ゲノム解析だけでは21世紀を生き残れないことをdeCodeが悟ったからではないかと思う。実際、SNPの特定ならdeCodeに取っては朝飯前でも、このSNPでとKDRの発現は相関するのか、疾患の成立メカニズムはどう考えるかなど、deCodeの論文にはバイオロジーが欠損していることがよくわかる。
今後アムジェンの血が入って、ゲノムとバイオロジーが融合した新しいdeCodeが生まれるのか、今後も楽しみに論文を読んでいきたい。