硬骨魚の多様性と進化の早さは免疫システム以外でも明らかだった。例えば、Icefishと呼ばれる南極に住むスズキの仲間には、ヘモグロビンもそれを運ぶ赤血球も存在しない。ただIcefishの場合、極低温と溶けた酸素分圧の高い特殊なニッチで生きるために発展した形質あることは明らかで、少し高い水温ではIcefishのような魚は生息できない。
一方、Class II/MHC遺伝子セットが欠損したタラの仲間は、今や全世界の様々な環境で繁栄し、硬骨魚の中では一大集団を形成している。即ち、Class II・MHCが欠損したのは、決して特殊なニッチで生存するための戦略とは思えない。外来抗原に対する抗体産生は硬骨魚にとって存在しないほうがいいのかなど、疑問が次々に広がっていった。
今日紹介するノルウェーオスロ大学からの論文は、ClassII・MHCを介する抗原認識システムが存在しないタラがなぜ繁栄しているのかについて調べた研究でNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Evolution of immune system influences speciation rates in teleost fishes(免疫系の進化は硬骨魚の種形成に影響する)」だ。
繰り返すが、この研究の目的は、Class II/MHCを介する免疫システムが欠損したタラがなぜこれほど繁栄しているのかを理解するためだ。この研究ではまずタラ科の27種について全ゲノム解析を行い、これまでゲノム解析が行われた66種類の硬骨魚を比べ、class II/MHCとそれに関連する遺伝子欠損が起こった時期、その後のタラ科の進化について調べている。この結果、Class II/MHCを介する免疫に関わる遺伝子セットが、タラ科の先祖で約1億年前にそっくり抜け落ちたことを明らかにしている。即ち、遺伝子が欠損する順番をうかがうことができる中間段階は存在しない。いずれにせよ、タラ科が栄えていることは、Class II/MHCの欠損がその後のタラ科の繁栄の引き金になった可能性は大きい。
これまでの研究で、Class II/MHC欠損のタラ科ではClassI/MHC遺伝子のコピー数が増加することが知られている。この増加と種形成による種の多様性との関わりを次に調べ、タラ科でのClass I/MHCのコピー数の多様性が極めてお大きいこと、及びClassII/MHCの欠損のないタラ科以外でもClass I/MHC遺伝子のコピー数の多様性と、種の繁栄に相関があることを示している。
最後に情報処理技術を駆使して種の多様化に関わる要因を計算してClass I/MHC遺伝子のコピー数が20を超えると、種形成が促進されることを示し、Class I/MHCコピー数の多様化がタラ科の魚の多様化と繁栄につながっている可能性を示唆している。
以上をまとめると、Class II/MHCの欠損、Class I/MHC遺伝子コピー数の増加のような免疫系の変化が、硬骨魚の繁栄に大きく関わるという結論だ。しかし、この免疫系の変化がなぜ種の繁栄に繋がるのか、肝心なところは結局わからないままフラストレーションが溜まってしまう論文と言える
とはいえ、今新たな免疫学の繁栄の時代を迎えているが、免疫系がこれほど多様化した硬骨魚類から習うことが多くあるような気がした。