この4種類の中でゼブラフィッシュは最も新しいモデル動物で、短いライフサイクル、発生過程の観察の容易さなど、大規模突然変異誘導に基づく発生遺伝研究上の利点から20世紀後半から急速に普及した。
大規模発生遺伝学が可能なモデル動物としてのゼブラフィッシュ確立に向けて踏み出したパイオニアはオレゴン大学のチャック・キンメルだが、始めた時はもちろんこれほど成功するとは思っていなかったようだ。熊本大学でようやく自分の仕事がで始めた頃、ケルン大学のスプリングミーティングに招待された。この会議は多くの発生学者と出会う機会になったが、この時、朝食の席でたまたま一緒になったキンメルと同じく線虫の研究でノーベル賞を受賞したホーヴィッツが、研究人口が少ないゼブラフィッシュや線虫ではなかなか論文が通らないとぼやいていたのを覚えている。
少し脱線したが、今日紹介する中国武漢大学からの論文はゼブラフィッシュ胎児細胞から心臓を誘導する培養系の開発の研究で、9月13日号のStem Cell Reportsに掲載された。タイトルは「Directed differentiation of zebrafish pluripotent embryonic cells to functional cardiomyocytes(ゼブラフィッシュ多能性胎児細胞から機能的心臓細胞への分化誘導)」だ。
もともとゼブラフィッシュを実験に選ぶ時、細胞培養が可能かどうかあまり問題にならない。ただ、研究が進んで実験材料としての厚みが増すと、様々な方法を適用してみたくなる。例えば心臓を考えると、細胞分化培養が可能になり、特定の分化中間段階が分離できると、構造と細胞との関連を調べるための新しい系が完成することは間違いない。
この研究では、ゼブラフィッシュの心筋細胞が成熟後も再生能が高い点について将来研究するという目的を掲げて、その前段階としての心臓細胞培養法の確立を行っている。
研究ではまずマウスでの多能性維持に関わるマーカーを指標に、多能性細胞を分離できるステージを選び、そこで得られた細胞から心臓細胞を誘導するための条件を検討している。実験自体は、私たちがマウス胎児を用いていろいろ試行錯誤を繰り返した時代を彷彿とさせる古典的なもので、未熟細胞を分離したり、中間段階を分離したりする技術はまだ利用できない段階の研究だ。
一言でまとめると、ゼブラフィッシュ胚から取り出した多能性細胞から2日で拍動し、組織学的にも、生理学的にも完全な心臓細胞を誘導するためのフィーダー細胞や、増殖分化因子の条件が決まったというのが結論だ。
今後、細胞移植や遺伝子発現研究を通じて、なぜ私たちの心筋細胞では再生能力が失われたのかを調べたいということだろうが、そこまでには多くの難関が立ちはだかるだろう。実際、研究人口が多いということが、研究推進の最も重要なファクターになっている。それから考えると、例えばES細胞が安定に培養できるようになり、十分な細胞数を用いて中間段階でのエピゲノムが解明できるというような大きなブレークスルーがないと、この程度の培養だけでは研究人口増加につながらないように思える。 再生だけでなく、他にも、発生での細胞と器官の関係を研究するためにもゼブラフィッシュの細胞培養は大きく貢献できる可能性がある。その意味で、コツコツ人とは違ったことをやり続けるこのグループの努力に期待したい。