私たちの体温は狭い範囲に収まるよう、自律神経系を通じて熱の産生量や散逸を調整し、同時に暑さや寒さに対する一定の行動パターンを誘導して熱調節をより安定なものにしている。私たちが猛烈な暑さや寒さに急速にさらされてもなんとか体温を維持できるのは、この自律神経と行動制御が短時間に誘導できるからで、どちらが欠けても死が待っている。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、暑さにさらされた時、体温の上昇を防ぐ過程の司令塔になっている中枢を特定した研究で9月22日号の Cellに掲載された。タイトルは「Warm-sensitive neurons that control body temperature (暑さを感じて体温を調節する神経細胞)」だ。
これも光遺伝学を用いた研究だが、体温中枢の場合遺伝子操作する神経細胞が完全に特定できていない。したがって、この研究はまず体温中枢と考えられる視床下部視索前部のどの神経細胞が高温に反応して興奮するのかから調べている。
まず興奮する細胞ではタンパク翻訳に関わるリボゾームタンパクの一つがリン酸化されることに着目し、リン酸化したリボゾームに結合しているmRNAを調べて、熱に対して反応的に上昇する遺伝子を特定している。この実験から、神経増殖因子BDNFと松果体アデニルシクラーゼ活性ペプチドPACAPを発現している細胞が、熱を感じて興奮することを突き止める。これにより、PACAP遺伝子を指標にこの神経を操作する道筋がついた。
次にPACAP発現細胞の興奮が光でモニターできるよう操作したマウスを使って、この神経の興奮が30度以上の熱によりほとんど数秒という単位で誘導されるが、低温には全く反応しないこと、そして熱の感知は皮膚のセンサーからの刺激で起こっていることを明らかにしている。
次はこの中枢細胞を光遺伝学を使って刺激する機能実験を行い、
1) 刺激により、褐色脂肪細胞での熱産生が抑えられ、尻尾の血管が拡張して熱を拡散させることで体温が下がる。
2) マウスを温度の低い場所に移動させ、低温で誘導される巣作り行動を抑制する。
ことを明らかにしている。すなわち、自律神経及び行動を同時に制御する神経細胞であることを示している。
最後に、熱を作る自律神経系に直接作用しているかどうか、視床下部背内側への投射を調べ、今回特定された神経の90%がこの部位へ投射していることを示している。残念ながら行動制御に関わる神経結合については特定できていない。
以上、神経の特定から生理学まで大変な力作で、この結果1)皮膚の末梢神経、2)視床下部前視索領域のBDNF+CAPRA発現GABA作動性神経、3)視床下部背内側、4)褐色脂肪酸と尾部血管という、暑さに対する神経回路が明らかになった。
この論文を読みながら、日本人と欧州人の温度感受性の差について考えていた。神戸の発生再生研時代、私のラボにはフランス、ロシア、スウェーデン、ドイツなど様々な国から研究者が集まっていたが、夏になるとクーラーの温度を巡って日本人とトラブルが起こった。要するに彼らは暑がりだ。おそらく、これは皮膚のセンサーの違いにあると思うが、しかしこれだけ反応が違っても、同じように温度が維持されるのは不思議な気がする。この論文も力作だが、やはり一編の論文で片がつくほど簡単なメカニズムではなさそうだ。
西川先生が自身の経験として指摘しているように、人種、加齢、環境などの要因で、閾値が変動するのは何故だろうか(進化論的な長い時間も考慮して)。これは温血動物固有の機能として、(冷血動物のように)体温が外気温で変化する、従って体内の酵素活性が変化してしまう場合の代謝制御はどうなるのだろうか。
このような仕事は多くの疑問の突破口になります。