しかし部位特異的にDNAメチル化を操作するだけでは、完全なエピジェネティック操作とは言えない。クロマチンのもう一つの構成成分ヒストン修飾も自由に操作する方法が必要になる。これができると、核移植や山中因子によるリプログラミングも、試験管内での分化誘導=プログラミングも、極端に言えば必要なくなる。要するに目的の細胞と同じクロマチン構造を再現すればいい。このための小さな一歩が、今日紹介するイタリアサン・ラファエロ大学からの論文だ。タイトルは「Inheritable silencing of endogenous genes by hit-and-run targeted epigenetic editing (ヒットエンドラン型エピジェネティック編集により内在遺伝子の発現を世代を超えて抑制する)」だ。
この研究の目的は単純で、エピジェネティック操作により、発現遺伝子を不活化する方法の開発を目指している。
最初からCas9やTALEの代わりに、エピジェネティック操作に使う分子をリクルートできるようにした遺伝子領域とGFP遺伝子をセットにした遺伝子カセットを挿入した細胞を準備し、このGFP分子の発現を不活化するために必要な分子を探索している。
まずゲノムに飛び込んだレトロウイルスのプロモーターを不活化するメカニズムを参考にDNAメチル化酵素Dnmt3aとヒストンをK4メチル型からK9メチル型に書き換える引き金になるKRAB分子を使って、発現抑制を調べている。KRABをリクルートするとすぐに遺伝子発現を抑制できるが長続きしない。一方Dnmt3aだけでは遺伝子抑制に100日以上時間がかかる。このメカニズムは面白いのだが、この研究では深入りせず、両方の分子を短い時間だけ同時にリクルートする実験を行い、見事に永続的に遺伝子を不活化することに成功している。
ただ、この方法で不活化できるのは一部のゲノム領域にとどまるので、次にどの部位でも不活化する方法の開発を目指しこの二つの分子と組み合わせる分子を探索している。幾つかの候補分子を調べた結果、Dnmt3aとの相互作用を通してその活性を高め、さらにヒストン脱アセチル化酵素とも相互作用するDnmt3Lを組み合わせると、ほとんどの遺伝子領域を不活化できることを示している。
次にこの結果をモデル遺伝子ではなく、細胞に内在する遺伝子で確かめるため、Cas9やTALEを用いて3種類の分子を不活化したい遺伝子領域にリクルートし、一時的に3種の分子が標的部位に集まることで、高い発現を示すほとんどの遺伝子の発現を抑制できることを示している。
不活化部位のヒストンやDNAを調べると、H3K4me3型から H3K9me3型にヒストン標識が変化するとともに、転写開始部位のDNAがほぼ完璧にメチル化しており、クロマチン構造がオフ型に書き換わったことを確認している。
最後にこうして変換したクロマチン構造は、外界からの刺激によっても安定に維持されることも示している。
以上が主な結果だが、この研究のとりあえずの標的は、エピジェネティック編集による、遺伝子自体は変化させない新しい治療法開発だろう。MECP2重複症のように余分に遺伝子が発現している場合、かなり有望な方法に思える。
しかしよく読むと、この論文は、これまでゲノム操作とエピゲノム解読を組み合わせて行ってきたエピジェネティック機構の研究分野に、ヒストンも含めたエピジェネティック標識の操作を持ち込んだという点で、新しい方向性を示す転換点になっていることがわかる。まだまだ、細胞の持つ力を借りてのエピジェネティック編集と言わざるを得ないが、今後急速にエピゲノムの人為操作部分が高まるだろう。
最初に述べたように、エピジェネティック研究が変わるということは発生学が変わるということだ。
そして、エピジェネティック編集も疾患治療分野の期待を集めること間違いない。
最後にもう一度強調すると、CRISPR/CasもTALEも決して「遺伝子」編集にとどまらないことを銘記すべきだろう。
生命現象の解明のみならず、これからの「物作り」においても、バイオの比重がますます大きくなって行くのでしょうね。CRISPER/CAS9が開いた世界の広さに驚いています。
日本の学会も、メディアも、役所も表面しか見られないのは寂しい限りです。