これに対し今日紹介するカナダ・マクギル大学からの論文は、ネズミは就寝中の脱水を予想して、就寝前に盛んに水を飲む習性を持っていること、そしてそれが概日周期にリンクしていることを示した研究で9月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「Clock-driven vasopressin neurotransmission mediates anticipatory thirst prior to sleep (概日周期によって誘導されるバソプレシンが寝る前の予見的渇きを誘導する)」だ。
この研究のハイライトは、実験室で飼われているマウスが、寝る前の準備として水を飲む習性を持つという発見だろう。これがわかってしまえば、現在の脳科学でこの習性の背景にあるメカニズムを解明することは簡単だ。
もともと渇きはOVLT(終板脈管器官)と呼ばれる、脳弓の下部にあって血液のイオン濃度を感知して体液バランスを調整している部位により調節されていることがわかっているので、この部位の興奮を記録すると、期待どおり寝る前に活動が高まる。すなわち、通常はイオンやホルモン濃度で興奮するOVLTが概日周期とリンクしていることになる。
実際、概日周期に関わる視神経が交差する視交叉上部のSCNとOVLTの結合をトレーサーで調べるとSCNからOVLTに神経が投射している。また、就寝前の最初のシグナルはSCNが興奮することで発生し、このシグナルが体液バランスを調節するバソプレシンを分泌する神経投射を介してOVLTを刺激、これにより水を飲む行動が誘導されることを明らかにしている。最後は、光遺伝学でOVLTの興奮を操作し、この行動を思うように亢進させたり、低下させたりすることができることを示している。また、バソプレシン受容体遺伝子を欠損させたマウスでは、寝る前に水を飲まなくなることも示している。
一つの行動が明らかになると、解剖学、生理学、行動学をつないでシナリオを仕上げる現代脳科学の到達点を示してくれるいい例だ。いずれにせよ、マウスでは本能的に寝る前に渇きを覚える回路があるようだ。しかし、自分自身の経験では、特に寝る前に渇きを感じて水を飲みたくなるわけではない。だとすると、私たちの渇きは概日周期から解放されたのだろうか?もしこの本能がそのまま残っていたら、脳梗塞はもっと防げるのかもしれない。