ゲノムから見ると、膵臓癌のほとんどがRAS, p53, SMAD4, CDKN2Aと典型的なガン遺伝子、ガン抑制遺伝子が積み重なった、ガン多段階説の手本のような存在で、同じような組み合わせは他のガンにも見られることから、膵臓癌の群を抜く悪性度を理解することはできていなかった。
しかし、今日紹介するカナダ・オンタリオガン研究所からの論文は、膵臓癌が、他段階的に変異を積み重ねて進化するのではなく、或る日突然カンブリアの大爆発のように大変革を起こして悪性化していることを示し、私の膵臓癌についての見方を完全に変えた。タイトルは「A renewed model of pancreatic cancer evolution based on genomic rearrangement patterns (ゲノムの再構成パターンに基づく膵臓癌進化の新しいモデル)」で、Natureにオンライン掲載された。
確かに膵臓癌では遺伝子のコピー数が変化することがわかっており、大きなゲノム変化が起こりやすいことはわかっていた。しかし、ゲノム研究が遺伝子配列の比較に偏り、例えば染色体の数が変化するような大きな変化について詳しく調べた研究は、あまり目にしたことがなかった。
この研究では、まず100に及ぶ膵臓癌の全ゲノム配列を解読している。ただ、これまでの研究と異なり、膵臓癌細胞だけをセルソーターで集め、ゲノム解析を行っている。膵臓癌では線維芽細胞の増殖が強く、がん細胞の割合が少ない。それでもインフォーマティックスでガンゲノム配列を解読することは可能だが、ガン以外の細胞が多いと、染色体全体の数が増えるような大きな変異を見落としてしまう。
次に、シークエンサーのリード回数からゲノム各部のコピー数の変化を正確に推定できるソフトを開発して染色体レベルの変化を調べることができるようになった。
これに加えて、細胞レベルで特定の遺伝子数をカウントするFISH法を用いてゲノム解析の結果を確認するともに、異なる時期に採取したガン細胞を比較し、ガンの進展過程を追求している。
この改良により、なんと膵臓癌の半分で全染色体の数が倍化、あるいは3倍化する場合もあること、またこれに伴い、クロモスプリシスと呼ばれる一部の染色体の断片化と再構成が起こり、遺伝子変異が急速に積み重なることを発見している。
この100例のゲノム解析に加え、個々の患者さんのガンの進化過程のゲノム解析を加えて、次のような結論に至っている。
1) 膵臓癌でも、最初はRASガン遺伝子とともに、p53、CDKN2Aのようなガン抑制遺伝子が変化する通常の発がん過程から始まる。
2) しかし、染色体の不安定性を誘導する変異が入ると、まず染色体が倍化が起こる。これにより、発ガン遺伝子のコピー数は増大し、染色体もより不安定になる。
3) ここに、クロモスプリシスが起こることで、一挙にガン遺伝子やガン抑制遺伝子の大きな再構成が起こり、ガン抑制遺伝子がさらに失われ、ガン遺伝子はコピー数が増える。
4) この大きな変化に呼応して、悪性度が進み、転移が広がる。
以上の結果は、膵臓癌の予後診断にとって、遺伝子変異だけでなく、染色体検査が極めて重要であることを意味する。すなわち、染色体の大きな変化が起こる前と後でガンを分類し、それぞれに特異的な治療を考える必要がある。また、化学療法に関しても、染色体が極めて不安定になっている点を突いた治療が重要であることも示唆している。
一見救いのない論文に見えるが、ガンをよく知ることが制圧のための第一歩だ。その意味で、優れた研究に出会ったと喜んでいる。
膵臓癌の予後診断にとって、遺伝子変異だけでなく、染色体検査が極めて重要であることを示唆する。