これまで、ガン遺伝子が活性化して細胞の増殖が促進すると、安全機構が働いて細胞が死にやすくなること、そしてガンではこの安全機構の作用を逃れるため、Bcl2ファミリー分子の発現が上昇することが知られていた。中でもMCL1は血液のガンの多くで発現してガンを細胞死から防いでいることが明らかになっていた。
この様にMCL1は当然ガン治療の格好の標的になっていいが、ノックアウトマウスの解析から、正常血液幹細胞などの幹細胞自己再生に必須の分子であることも明らかになっており、薬剤開発は進んでいなかった。
これに対しウォルター・エリザホール研究所はBcl2ファミリー分子の研究で伝統があり、MCL1についても多くの優れた研究を行ってきた。この伝統が後押しして、MCL1を標的とする薬剤開発を地道に進めていた様で、ついにポテンシャルの高い薬剤が開発されたことを本日発行のNature で報告している。タイトルは「The MCL1 inhibitor S63845 is tolerable and effective in diverse cancer models (MCL1阻害剤S63845は様々なガンモデルに効果を持ち薬剤として許容できる)」だ。
述べた様にこのグループは最初からMCL1阻害剤の開発を目指していた。ただ、肝心の薬剤開発までの過程は詳しく書かれていない。多くの化合物をスクリーニングしたのではなく、小さな化合物とタンパク質との結合に関する構造データをもとに、最終的に化合物をデザインしてS63845を完成させている。いわゆるin silico創薬と言ってよく、メディシナルケミストの腕の見せ所だろう。MCL1に対する阻害剤はこれまでもあるにはあったが、それと比べてS63845は1000倍活性が高い様だ。
あとはS63845がどの様なガンに効くのか、ガン細胞株を用いて調べている。もともとMCL1を強く発現している骨髄腫は17/25の確率で、これまで試されていたBcl2阻害剤より有望だ。また、マウスに人のガンを移植したモデルでも効果を示している。他にも、ヒトのリンパ腫や白血病、あるいはマウスのリンパ腫モデルでも高い効果を示す。最後に、患者さんから採取したばかりの急性骨髄性白血病でも試し、5/25で効果が見られている。
最後に様々な固形ガンにも試しているが、単独ではほとんど効果がない。しかし、キナーゼ阻害剤と組み合わせると多くのガンで効果が見られる。そして、何よりも不思議なことに、200日投与した例でもマウスは生存し、投与されたマウスの造血系にも大きな異常が見られない。
今後なぜ副作用がないのかなど、メカニズムの解析が必要だが、おそらく期待以上の結果が出たと思う。残念ながらすべてのガンや白血病に効くわけではないが、効果を予測するマーカーが存在することから、様々なガンで試されることが期待される。
昨日のAPC、今日のMCL1と、これまで標的として期待されていなかった分子に対する薬剤がアカデミアで開発されたのは心強い。特に今日紹介した薬剤は、新しい手法でデザインされており、今後の期待が膨らむ。
AMEDの旗振りで我が国のアカデミアも薬剤開発を唱えているが、現状はどうなのか、専門家が見て是非率直な評価をして欲しいと思う。
新規メカニズムが同定され、MCL1 inhibitor S63845の抗癌活性が確認されています。尾静脈からの投与での薬効試験ですが、薬物動態学的なデータを示してほしかったです。少し問題になりそうな部分構造がありますので、今後これをツール化合物/シード化合物として取り組みが盛んになると思われます。
AMEDの件はしかるべき時に書かせていただこうと思います。
コメントありがとうございます。APC,MCLとアカデミアならではの論文だったと思います。AMEDのプロジェクトも、歯に衣着せない、しかし批判だけでなく我が国の創薬を推進したいという気持ちの評価が重要だと思います。