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11月13日:米国科学界のトランプに対する懸念(今週号Nature, Scienceから)

2016年11月13日
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半分以上の人が投票に行かず、わずかとはいえ得票率で劣るドナルド・トランプが次期米国大統領に決まった。選挙制度だからと言ってしまえば簡単だが、8年前の熱狂の代わりに、双方の支持者を隔てる大きな溝だけが残る選挙だった。この溝はアメリカ国内にとどまらない。選挙直後にドイツ首相メルケルが心配したように、これからのアメリカ政府は「自由と民主主義」という価値を他国と共有するかどうかすら懸念される。同じように、米国科学界もトランプとの間に横たわる大きな溝に立ちすくんでいる。トランプが反グローバリズムなら、あらゆる分野の中で最もグローバルな科学は槍玉に上がる可能性がある。またこの溝を直感するからこそ11月1日に紹介したように米国科学界はトランプ嫌い一色になっている(http://aasj.jp/news/watch/5995)。
   このように、科学界はトランプ政権の科学技術政策に大きな懸念を抱いているが、選挙後に発行されたNatureとScienceはともにトランプの科学技術政策について記事を掲載している。
   両紙に共通するのは、トランプ政権が地球温暖化ガス削減のためのパリ議定書に反対するだろうという予想だ。TPPと同じで、選挙中も温暖化ガス問題は中国に責任があると言い放っている。とはいえ、米国議会もパリ協定を批准しており、大統領といえども反故にするわけにはいかない。おそらく、目標達成にむけた実行策を話し合うマラケシュ会議に協力的に参加しないという方法で、アメリカの責任を放棄するだろう。
   これと並行して、この法案の審議を行う最高裁判事に反対派を指名して、法案を事実上無力化することも行うと予想している。
   この問題に対してScienceは米科学界がこれまで以上に温暖化問題の重要性を証拠で示していくほかないと科学者に檄を飛ばしている。
   温暖化問題ほど明らかではないが、科学界が抱くトランプ政権への懸念の一つが、ヒトES細胞研究に代表される、胎児組織の研究利用の問題だ。もともと、ブッシュ大統領はキリスト教原理主義的信条から、連邦予算をヒトES細胞研究に使うことを禁じていた。さらに大統領の指示で、議会でもES細胞研究禁止の法案を通過させようとする動きがあり、実はこれを阻止するロビー活動として友人のZonやDaleyの呼びかけに集まった有志で国際幹細胞会議をスタートさせ、最初の会議はワシントンで開催した。
   幸い法案は通らず、また大統領禁止令はオバマ政権で廃止、現在では約190億円の連邦予算がヒトES細胞研究に拠出されている。
   トランプは選挙中に、中絶胎児組織利用に反対する団体を支持する発言を行っている。ただトランプ自身のヒトES細胞に対しての発言はほとんどないが、ペンス副大統領は常にヒトES細胞研究に反対していることから、ブッシュ時代に逆戻りする可能性は高い。
   やはり両紙が共通するのは、移民審査が厳しくなることで、アメリカ研究機関への優秀な人材リクルートが滞る可能性だ。さらに、一般的に科学者のトランプに対する印象は悪く、アメリカで働く外国人研究者が帰国する可能性が高まるのではと予想している。
   以上が、両紙がトランプに対する科学界の懸念として取材した内容だが、おそらく最も大きな懸念は、科学者との接点がほとんどないという点だろう。これを補足する意味で、ScienceのMalakoff記者はトランプ政権再重要閣僚として取りざたされているギングリッチと科学について記事を寄せている。
     この記事によると、ギングリッチはこれまで科学と多くの接点を持っており、動物園好きで、さらに演説で例えばDeWahlの類人猿の研究についての本を引用し、アメリカ神経科学会で演説したこともあるようだ。
   まずトランプと同じで、温暖化問題については国際協調による温暖化ガス削減には反対しており、ヒト受精卵を研究に利用するには反対するだろう。ただブッシュと異なり、もともと稀代のプラグマティストで、これまでの主張はいくらでも翻る可能性がある。また、共和党が伝統的に掲げる小さな政府に基づく連邦予算削減の対象から、科学技術予算を削らないよう働きかけも行っている。
   このように先が読めないのがギングリッチだが、おそらく有人火星探索など大型予算をスケープゴート的にカットする一方で、脳科学など科学予算はできるだけ確保するという政策をとるのではと予想している。 このような記事から分かるのは、どんな政策が取られるにせよ、科学界にはこれまで以上に、一般人と科学界の溝を埋める新しいアイデアが必要とされていることが間違いないことだ。当然、我が国の科学者にも同じことが言える。Nowotonyの「Rethinking science」をもう一度読み直す時が来たようだ。
  1. 橋爪良信 より:

    トランプが大統領に就くことによる日本への影響は、国家予算の配分にも大きな影響を与えると思われ、使途には触れませんが限られた財源の中で削減対象の一つになるのは科学技術予算でしょう。先生が触れられたように「一般人と科学界の溝を埋める新しいアイデアが必要」であることは間違いなく、制度化された科学の中で、一般の人々の目に触れることなく訳の分からないうちにごく少数の決定者によって科学技術方針と予算の配分が決められてきた我が国の対応に注目したい。

    1. nishikawa より:

      全く先が読めないのが本音です。

  2. 中野 裕康 より:

    西川 先生

    大変ご無沙汰しております。順天堂大学医学部免疫学講座で准教授をしていました中野でございます。2014年から現在の所属である東邦大学医学部生化学講座の教授をさせていただいております。毎回この欄を読ませていただくにつれ、先生の博覧強記ぶりに感動しております。そこで、先生にお願いなのですが、私が編集委員の一人を務めております「臨床免疫・アレルギー科」という雑誌に、単発的(例えば3〜6ヶ月に一報程度で結構ですので、これまでの免疫学の歴史の中でエポックメイキングな仕事についての紹介文を執筆していただくことは可能でしょうか?現時点で私が思っているのは、例えばDavid SchatzによるRAG-1, RAG-2のクローニングや、利根川先生の遺伝子組み換えによる免疫グロブリンのdivesityの形成、Mark DavisやTak MakらによるTCRのクローニングなどです。現在の若手の免疫学の研究者や学生にとっても、どのような経緯からこのような偉大な仕事が生まれたかを知ることは非常に貴重な知識になるのではないかと思っております。よろしくご検討いただくようお願いいたします。

    中野

    1. nishikawa より:

      中野先生 ご無沙汰しています。いつも読んでいただいてありがとうございます。さて、免疫学の歴史についての寄稿ですが、私自身の活動方針から考えると、もう少し未来志向で貢献できればと思います。例えば今発表されている免疫の論文を、歴史的な視点も含めて感慨を述べるというのはどうでしょう。すでにブログに書いた中でももう一度紹介しなおしてもいい話がいくつもあります。例えばクラスIIのない魚、タラなどは驚くことに免疫学者は知りません。リアレンジでも、最近のFred Altのdouble strand break をゲノムワイドに検出する方法と組み合わせて歴史を知ると、面白いように思います。

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