今日紹介するフランス国立神経センターを中心とする共同論文はこの大麻による記憶障害の分子メカニズムを明らかにした研究でNatureにオンライン出版された。タイトルは「A cannabinoid link between mitochondria and memory (カンナビノイドはミトコンドリアと記憶を関連づける)」だ。
大麻には何十種類もの生理活性物質が含まれているが、鎮痛作用などの重要な作用は、カンナビノイド受容体と結合する3量体Gタンパク質を介するシグナルを活性化させ、シナプスでの神経伝達を変化させることで得られる。この研究は、カンナビノイド受容体CB1が、細胞膜上だけでなく、ミトコンドリア膜上にも発現していることの発見から始まっている。タンパク質のミトコンドリアへの輸送はよくわかっているので、これに関わる領域を除去したCB1受容体を作ると、細胞膜上に発現して正常に機能するが、ミトコンドリア上には全く存在できないことが分かった。
次に、CB1の発現が異なるミトコンドリアを用いて、CB1のミトコンドリアでの機能を調べると、Gタンパク質を介してPKAを活性化し、cAMP-PKAシグナルカスケードの引き金を引き、その結果5つあるミトコンドリア電子伝達系のうちComplexIを阻害することが明らかになった。すなわち、カンナビノイド刺激により、神経興奮への作用だけでなく、ミトコンドリアの呼吸系が抑制され、細胞でのエネルギー生産が低下することが分かった。
最後に、ミトコンドリアでのPKA活性化により記憶障害が起こるか調べるため、正常PKAの機能を阻害する変異型PKAをミトコンドリアに移行するように改変した遺伝子を作成し、これを海馬で発現させると、発現自体では何も起こらないが、CB1刺激による記憶障害を抑制することが明らかになった。すなわち、ミトコンドリアでの電子伝達系阻害が、カンナビノイドの記憶障害の原因であることが明らかになった。
他にも、PKA-cAMP経路の標的分子などについて詳しい解析も行っているが、この論文のハイライトは、カンナビノイドによる記憶障害が、神経回路への直接作用ではなく、ミトコンドリアの呼吸反応を変化させてしまった結果であることの発見だろう。
今回明らかになった新しいカンナビノイドの標的から考えると、大麻は副作用が必至の医薬品として扱われるべきだとわかる。許可されている国が存在することを根拠として個人使用を認めるべきだという要求もあるようだが、判断は科学的エビデンスに基づいて行うべきだ。その意味で、今回の研究は、大麻の個人使用の新しい危険性を指摘した。一方、メカニズムが明らかになることで、ミトコンドリアのCB1を刺激しないCB1アゴニストなどが開発されるだろう。それにより、より副作用の少ない鎮痛剤や抗てんかん薬が開発されることを期待する。
消化管疾患におけるセロトニン、カンナビノイドなどのレセプターの作動薬の開発において、その薬剤が中枢移行性を持たないことは中枢性の副作用を発現しないことに繋がり、極めて重要です。例えば、ロペラミドはμアゴニストとして消化管運動を抑制し止瀉薬として有効ですが、その親水性の高さのため中枢に移行せず呼吸抑制などを起こしません。
大麻、モルヒネなど天然物の全身作用は、それらがもつの薬効・毒性がすべて発現することを忘れてはなりません。
合成系薬剤の有用性は、作用するレセプターへの選択性や体内分布をコントロールする点にあります。
某元女優が訴えた、医療用大麻に関する間違った認識を完全否定しなければなりません。
アメリカでは、カリフォルニアも合法になったそうです。