今日紹介するハーバード大学からの論文は培養皮質細胞の遺伝子発現をマウスと人で比べて見つかったOsteocrinが脳皮質の進化を解くカギになることを示した論文で11月10日号のNatureに掲載された。タイトルは「Evolution of osteocrin as an activity-regulated factor in the primate brain(Osteocrinの進化が類人猿の活動依存性の神経因子として特定された)」だ。
培養細胞を用いてネズミとヒトの遺伝子発現の違いを調べる研究はこれまでも数多くあるが、この研究のユニークな点は、ヒト胎児脳皮質の培養細胞をカリウムの高い培地を用いて神経興奮と同じシグナルを与えてから比べた点だ。これにより、ヒトでも普通は発現していないが、神経刺激を受けると発現が上昇してくる遺伝子を特定することができる。
この条件に適う幾つかの遺伝子を発見しているが、その中でOsteocrinと呼ばれる骨芽細胞の成熟を抑制する分子をさらに詳しく解析している。機能からわかるように、この分子はヒトやネズミの骨芽細胞で発現している。しかし、ヒトだけで脳皮質で、しかも神経が刺激を受けることで初めて発現する分子であることが分かった。この結果から、Osteocrinは類人猿への進化の過程で、脳皮質でも発現するようになり、新しい機能を発揮するようになったのではと仮説を立て実験し、以下のことを明らかにしている。
1) 類人猿のみでosteocrinが脳皮質で発現するのは、進化過程で遺伝子発現に関わるプロモーターにMEF2結合部位が新たに加わったためで、この領域に変異が入ると、ヒト皮質での刺激に応じた発現が失われる。
2) この部位は調べたヒトを含む全ての類人猿で保存されている。
3) 生後の視覚を遮断した視覚野と正常の視覚野を比べると、刺激を受けた視覚野のみでosteocrinの発現が見られる。
4) 培養細胞でもカルシニューリン阻害剤で興奮を止めると、osteocrinの発現が止まるため、刺激依存的にだけ発現する。
そして、最後にこの分子をノックアウト、あるいは過剰発現させた培養皮質細胞を調べ、この分子は分泌されると神経の樹状突起の伸長を抑制することを明らかにしている。おそらく、最初に形成されたランダムな神経結合を、刺激に合わせてシェープアップするときに樹状突起の抑制が重要だと考えられる。可塑性の研究にとって重要な発見だと思う。
進化上の大きな変化も、全く新しい遺伝子が生まれるのではなく、既にある遺伝子の発現場所を変えて新たな機能を付与することで行われることを明確に示した面白い研究だと思う。今後、この分子が欠損したサルで何が起こるのか発表が待たれる。