今日紹介するドイツ・イエナにあるライプニッツ研究所からの論文はこの謎の一端を説明した研究でNature オンライン版に掲載された。タイトルは「Epigenetic stresss responses induce muscle stem-cell ageing by Hoxa9 developmental signal(エピジェネティックなストレスが発生に必要なHoxa9シグナルを介して筋肉の老化を誘導する)」だ。
このグループは最初からHox遺伝子に焦点を当てていたようだ。Pax7陽性幹細胞を分離し、すべてのHox遺伝子についてその発現を若いマウスと老化したマウスで比べると、Hox9aだけが強く上昇していることを発見する。次に幹細胞の試験管内増殖系で、Hoxa9欠損マウス幹細胞を調べると、若いマウスには影響がないが、老化マウスの幹細胞が増殖能を回復する。Hoxa9を抑えることで老化マウスの幹細胞機能が回復することをアンチセンスRNAによるノックダウンを用いて確認し、Hoxa9が誘導されることが筋肉老化の重要な原因であることを証明している。
つぎに、では発現が抑えられているはずのHoxa9だけが老化とともに上昇するのか調べるため、Hoxa9プロモーターのヒストン修飾を調べると、期待どおり活性型に変わっている。そして、このヒストン修飾の変化がMll1(ヒストンメチレース)とMdr5の作用であることを確かめ、これらの遺伝子ノックダウン、あるいはMll1とMdr5の相互作用を抑制する薬剤により、Hoxa9の発現が抑制され、幹細胞の機能が回復することを明らかにしている。
この遺伝子特異的エピジェネティック変化に対し、遺伝子全般では老化とともに遺伝子発現抑制型のヒストン修飾が増える一方、幹細胞の増殖が誘導されると遺伝子全体で活性化型のヒストン修飾に急速に変化することを示している。若い幹細胞はこれの逆の反応を示すので、この遺伝子全体にわたるエピジェネティックな変化も老化幹細胞が失われる重要な要因になっていると示唆している。事実、ヒストンのアセチル化に関わる遺伝子をノックダウンすると、老化幹細胞の増殖が改善することも実験的に示している。
最後に、Hoxa9発現が幹細胞の増殖を抑えるメカニズムを知るため、Hoxa9を強制発現させる実験を行い、STAT3,TGFβ、Wntシグナルに関わる分子が強く誘導されていることを発見している。ShRNAを用いたノックダウン実験でこれらの分子が増殖を抑えていることも確認している。
これらの結果から、「老化とともに筋肉幹細胞には様々なストレスがかかり、一つはMdr5を介するHoxa9特異的なエピジェネティックな変化が起こる。こうして発現したHoxa9はSTAT3,Bmp,Wntなどのシグナル分子を活性化し、幹細胞の増殖状態を変化させる。これとともに、遺伝子全体でエピジェネティック状態が大きく変化し、幹細胞自己再生抑制に寄与する」というシナリオを提案している。 これがすぐ老化による筋肉の衰え防止に役立つかどうかはわからないが、十分納得できる面白い研究だと思う。