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12月14日:誇大医学情報によるヒステリー(12月5日EBMO Reports 掲載コメンタリー)

2016年12月14日
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   キュレーションサイトWelqによる間違った健康情報提供が大きな問題になっている。背景には健康情報の正確性だけでなく、剽窃といったキュレーションサイト自体が持つ問題もあり、構造は複雑だ。しかし、情報の正確性のみを問うなら、キュレーションサイトだけの問題ではなく、一般メディアや、コマーシャル、そして専門誌ですら同じ問題を抱えている。このことは、同じことが専門論文を紹介している私自身の問題でもあることを意味している。
   一方、健康情報に対する市民の強い要望とSNSの普及は、間違った情報が簡単に拡散することを意味している。Welqの事件をきっかけに、医学情報に関わるあらゆる層が議論を始める時がきた。
   このタイミングで医学情報の正確性の問題と、間違った情報により簡単に燃え上がる市民のヒステリー反応について強い口調で議論しているボストン大学とハーバード大学在籍の、おそらくホルモン療法に関わる医師や研究者からの意見がEMBO Reportsに掲載された。タイトルは「Overselling hysteria (誇大宣伝ヒステリー)」だ。
   この論文では、審査を経て医学雑誌に掲載されている論文が、メディアの誇大宣伝により簡単に市民のヒステリックな反応を誘導し、その結果治療の恩恵を受けれるはずの多くの人の健康が損なわれる例をあげて、医学情報の市民への提供のあり方を真剣に議論している。
   例として使われたのは、高齢男性のフレイル(虚弱)の原因であるテストステロン(男性ホルモン)低下を補うためのホルモン補充療法が心血管障害を誘導する危険があるという、The New England Journal of Medicine及びJAMAに掲載された論文をベースに、NY Timesが「テストステロンの危険な過大評価」という記事に端を発したヒステリーの話だ。実際この報道の結果多くの市民が不安を抱き、最終的にはFDAや医師の側にもテストステロン治療には心血管障害がつきもで、できる限り避けたほうがいいという先入観が広がってしまったことを指している(この論文を読むまで実際私もそう思っていた)。
   同じことは女性の更年期障害に対するホルモン療法にも言える。実際には多くの更年期障害に悩む女性が健康に過ごすことができるのに、Women’s Health Initiativeによる大規模調査で、心疾患や乳がんの危険性があることが指摘され、それが報道されるとなんと80%もの治療が中止されている。
   いずれの場合も、論文をよく読むと、副作用の頻度は高くなく、さらに複雑な統計処理が行われて理解しにくくなっている。驚くことに、テストステロンのJAMA論文に至っては、計算間違いでその後論文が撤回されている。また論文全体でみると、副作用を強調する論文はほんの一部で、大半の論文では問題は指摘されていない。そして、2016年に発表された最大規模のテストステロン治験では、なんと心血管障害は同じか低い傾向にあることが示された。また、Women’s Health Initiative は、その後最初の結論を覆し、ホルモン療法を推奨する結果を導いている。
   重要なことは、論文の撤回や、新しいこれまでの報道結果と反対の結論についてはメディアは興味を示さない、あるいは意図的に無視して報道せず、市民にはヒステリーだけが残るという結果に終わる。事実、私もテストステロンは心血管障害を高い確率で起こすと思ってしまっていた
   このように、トップジャーナルに掲載された一部の論文が、メディアにより一方的に報道され、市民ヒステリーが広がり、医療を制限し、最終的に病気を増やす。しかも、医学論文の半数は再現が難しく、現場の医者は研究論文を読む時間もなく、医学雑誌も一般ウケを狙って、論文掲載前には一般メディアに論文を送る馴れ合いの構造を持っている。しかし、一般メディアは論文の内容を正確に吟味することはなく、市民に訴えるかのみを指標に掲載を決めている。これを知ると正確な医学情報などどうしたら得られるのか途方にくれる
   さてどうするかだが、
1) 医学雑誌と一般メディアが互いにもたれ合っている構造があることをしっかり認識して報道を見ること。
2) 審査を経ていても、一つの医学論文だけで何が正しいか判断できないことを知ること。
3) 大規模調査で統計的に有意とされる差異も、実際の臨床現場ではほとんど問題にならないことも多いことを認識すること。
4) 統計手法が極めて複雑になっており、これによる解釈間違いが起こることを知ること。
5) どんな結論も、最初に書く側、読む側が持っている思い込みに左右されていること。
がこの論文の結論だ。要するに、ヒステリーを避けるためには冷静さが必要だという当たり前の結論で終わっている。
   キュレーションサイトによる医療情報提供の問題が市民に認識されたのはいい機会だ。この機会に、我が国でも医学医療情報の提供の仕方、受け取り方について真剣な議論を始めてみよう。
  1. 橋爪良信 より:

    報道する側に高いメディアリテラシーを要求したいです。

    1. nishikawa より:

      現状では難しそうです。

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