まだまだ皆が納得できるシナリオのないこの分野で、これまで誰もが疑わなかったドグマが、サルは解剖学的に複雑な音、特にコミュニケーションのキーになる母音を生成する能力が欠けているとする1969年Liebermanらにより発表された研究だ。確かにチンパンジーやゴリラを見ていても、鼻からうなるような音は出ても、複雑な音が出てくるとは思えない。
今日紹介するオーストリア・ウィーン大学からの論文はこのドグマに対して、アカゲザルはいくつかの母音を生成することができる、と真っ向から挑戦した研究で、12月9日号のScience Advancesにオンライン出版された。タイトルは「Monkey vocal tracts are speech-ready(サルの声道は話す準備ができている)」だ。
現在受け入れられているLievermanらの結論はサルの死体の解剖学的特徴から導かれている。これに対しこの研究ではアカゲザルの体だけを固定し、あとは自由に動かせる条件でX線ビデオを使って頭部を撮影し、様々な条件で声道の構造を撮影し、この画像から声道の実際の構造を再構築している。これまで、声帯から口腔までサルは短いため複雑な音が出ないとされていたが、実際にはサルも機能的に十分長い声道を持つことが判明した。
あとはさすが音楽の国だけあって、再構築した3次元モデルから、共鳴等の様々な音声学的特性を計算し、最後に声帯からの音がどう聞こえるかシンセサイザーで再現している。こうして得られた音域は人間と比べても充分広く、複雑な音の生成が可能だ。コントロールとして、Liebermanらの声道モデルを使って音域を調べると、彼らの結論通り極めて出せる音の種類が限定される。要するに、生きて声をあげているサルの声道と死体の声道は全く別物だったという話になる。
最後にI will marry youという言葉をサルの声道モデルで再現して、一般の人に聞いてもらったところ、十分理解できたという確認を行っている。
正直に明かすと、3次元モデルを作ってからの計算やシンセサイザーについては全くの門外漢で、この部分を評価することは私には難しい。この論文での計算が正しければ、サルも複雑な母音を発音できるという新しいドグマが誕生したことになる。
もちろん、全く音を出せなくとも、ニカラグァの聾唖の子供が自然発生させた新しい手話言語のように、人間には対象をシンボル化して共有する能力が備わっており、その解明ができないと言語の誕生は理解できない。それでも、私自身は音声が言語誕生の鍵を握ると思っており、その意味では重要な研究だと感心した。