個人的に一番面白い論文は、「どうしてこんなことが今までわからなかったのか?」と思う発見についての論文だ。その典型例が今日紹介するUCLAからの論文で1月12日号のCellに掲載された。タイトルは「Nuclear localization of mitochondrial TCA cycle enzymes as critical step in mammalian zygotic genome activation(ミトコンドリアのTCAサイクルに関わる酵素の核移行は哺乳動物の受精卵のゲノムの活性化に必須のステップ)」だ。
タイトルにあるTCAサイクルはクエン酸回路のことで、酸素呼吸を行う生物の最も重要な代謝回路と言っていいだろう。この反応は、ピルビン酸がピルビン酸デハイドロゲナーゼ(PDH)によりアセチルCoAになるところから始まるが、全てミトコンドリアの中で行われる(と思っていた)。
この研究は受精卵が分裂を進める過程の代謝を調べ、最適の胚培養法の確立を目指していたのかもしれない。ピルビン酸の存在しない培地でマウス受精卵を培養すると、2分割して止まる理由を調べるうちに、培地にピルビン酸が存在しないと受精卵の新たな転写が起こらないことが、胚発生が停止する原因であることを突き止める。そこでピルビン酸からアセチルCoAへの経路に関わるPDHやその活性を調節するPDKなどの酵素について調べるうちに、ピルビン酸存在下のみで活性のあるPDHが核に移行し、活性のないリン酸化PDHはミトコンドリアに残ることを発見した。
ミトコンドリアの酵素が核に移行するという話はこれまでも報告はされているが、初期胚ではクエン酸回路でスクシニルCoAのできる前の段階に関わる酵素の全てが系統的に核移行しており、また完全に胚の新たな転写開始と一致していることから、この移行により核内でクエン酸回路の最初の過程がオペレートすることが必要と結論している。
次の問題は、この移行の機能だが、ピルビン酸が存在しないとアセチル化H3K4が欠損し、メチル化H3K27も消失することから、ヒストン修飾にクエン酸回路酵素が関わり、ヒストン修飾異常により転写が開始しないと結論している。一方、核移行のメカニズムについては、酵素に糖が付加されシャペロンにより核に移行する可能性をあげている。
残念ながら、核内移行のメカニズム、転写開始とクエン酸回路をつなぐ分子などについては完全に解明できていないことから、全貌が明らかになったとは言い難いが、ミトコンドリアの酵素が大挙核に移動することが正しいなら、クエン酸回路はミトコンドリアという教科書的話は通用しなくなる。おそらく哺乳動物特異的だと思うが、なぜこんなことが今までわからなかったのかと思うとともに、「真実は細部に宿る」ことを実感する面白い論文だ。もう少し深くこの現象の意味とメカニズムを知りたいと思う。