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1月20日:人間でしかできない統計研究(American Journal of Hypertension及びJAMA Pediatricsオンライン版掲載論文)

2017年1月20日
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   人間でしか研究できない、あるいは気づかない課題は山ほど存在する。例えば言語能力となると、当然人間でしか研究できないが、それ以外にも哺乳動物共有の性質だが、人間を見ていないと気づかないことは存在する。この様な性質の中には、動物で実験し直せば面白いかもしれない性質がある。今日は最近読んだ中で動物でも実験してみたら面白いと思った2編の論文を紹介したいと思う。いずれも先進国の医療機関が、途上地域に出かけて行ったコホート調査だ。
  最初はカナダ・トロントにあるマウントサイナイ病院が中国瀏陽市で行っている妊娠前から出産後まで追跡するコホート研究の解析からわかった不思議な現象についての報告でAmerican Journal of Hypertensionオンライン版に掲載された。タイトルは「Maternal blood pressure before pregnancy and sex of baby: a prospective preconception cohort study(妊娠前の血圧と生まれた子供の性別:妊娠前からの前向きコホート研究)」だ。
  タイトルを見てわかる様に、妊娠前の血圧が高いほど男の子が生まれる確率が上がるという話だが、最初からこの問題を調べようとしたのではないだろう。2009年から3,000人近い妊娠前の女性をリクルートし妊娠、出産、育児と継続的に様々な項目について調べる研究だ。カナダの研究機関がわざわざ中国に出かけてと思うが、湖南省の瀏陽市では民族的にも環境的にも揃った集団を追跡することができるためだろう。実際、出産年齢も平均25歳と極めて揃っている。こうして得られたデータと、生まれた子供の性別に影響する様々な要因(血圧、喫煙、肥満度、教育、コレステロール値、血糖値)との相関を調べた結果、驚くことに血圧のみ強い相関があるのに気づいている。データに影響する様々な要因を補正して調べると、男性が生まれる確率はオッズ比で血圧とともに比例して上昇、例えば収縮期血圧100で1とすると、120で1.5、160で2.5だ。しかも、妊娠前の血圧のみ相関が見られ、妊娠中の血圧は生まれた子供の性別とは全く相関がない。
  おそらく他の研究で確認される必要があるが、現象としては面白い。しかし今の所理由は全くわからない。これまで、テロの襲撃にあったといった大きなストレスにさらされた女性からは男児が生まれやすいことを示す研究もある。こんな話から、重要な発見があるかもしれない。
   同じ様に、理屈を調べれば重要なことがわかるのではと思った論文がスウェーデンのウプサラ大学からJAMA Pediatricsオンラン版に発表された。タイトルは「Effects of delayed umbilical cord clamping vs early clamping on anemia in infants at 8 and 12 months(臍帯結紮の時間と8、12ヶ月時点での貧血)」だ。
   比較的古くから生後すぐに臍帯を結紮しないで、3分以上待ってから結紮すると子供の血液量は30−40%増え、新生児の血行や呼吸動態をよくすることが知られている。ただ、このグループがスウェーデンで無作為化して臍帯結紮時期を変え、長期効果を調べたところ、早くても遅くても、あまり変化がなかった。一方、発展途上国で行われた研究では、結紮を遅らせると、8ヶ月経った後も貧血が少ないことが示されており、
   この違いを明確にするため、ネパール・カトマンズの病院で、無作為化研究が行われた。方法は徹底しており、臍帯結紮時間をストップヲッチで正確に指示、記録している。出産後8、12ヶ月で貧血を中心に検査を行い効果を確かめている。最終的にはそれぞれ150人程度の子供を追跡できている。
   結果は明確で、8ヶ月時の鉄欠乏性貧血で見ると、早く結紮すると38%、遅く結紮すると22%と多く改善している。その後1年目になると、43%、35%で差は縮まっているが、やはり遅く結紮したほうが良い。
   驚くのは、ネパールではまだ子供の貧血率が高いことだ。実際、8ヶ月より12ヶ月後の貧血率は高くなっている。おそらくスウェーデンで行われた調査で差が出なかったのは、子供の栄養がよく、もともと貧血率が低いからだ。このことから、途上国では間違いなく臍帯結紮を3分間待ったほうがいい。一方、基礎研究側から言うと、幹細胞の数が増えたからだろうと単純に説明しないで、様々な可能性を調べることは、今後途上国の母子衛生に重要な示唆を与えられるのではと思う。

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