今日紹介するソーク研究所からの論文は、食中毒の原因菌もホストの体に悪い作用の分子だけを作っているがわけではなく、吐き気を抑えるようなホストの体に良い作用を持つ分子を作っていることを示した研究で、細菌と体の関係の複雑性を物語る。タイトルは「Pathogen-mediated inhibition of anorexia promotes host survival and transmission(病原菌が原因の吐き気の抑制は宿主の生存を促進するとともに個体間伝播も促進する)」で、1月26日号のCellに掲載された。
最近バクテリア由来のleucin-rich repeatタンパク質は自然免疫性炎症の鍵として注目されているが、おそらくこのグループもいわゆるinflammasomeと呼ばれる炎症の核になる分子複合体を研究していたのだろう(これは私の勝手な想像)。私たちにも身近なサルモネラ菌からSlrPと呼ばれるleucin rich repeatタンパク質を欠損させ、ホストの反応を調べていたところ、予想に反してSlrPが欠損したサルモネラ菌の方がマウスの致死率が高く、体重減少誘導も強いことを発見する。
マウスの観察から、SlrP欠損菌に感染するとより強い嘔吐を誘導することから、食事量が減るから死亡率が上がるのではと、無理に食事を押し込むと、確かに死亡率が減る。すなわち、SlrPは細菌の分子であるにもかかわらず、宿主の嘔吐を減らし、食事摂取を維持して宿主を守っているという意外な結果が出てきたことになる。
このメカニズムを探るため、細菌により刺激される様々なサイトカインの小腸での産生を調べ、SlrPによりCaspase1が阻害されることで活性型IL-1βの生産が落ちることを明らかにする。この結果、IL-1βによる迷走神経刺激が抑えられ、結果として嘔吐などの症状が抑えられるという結論に到達している。
これが正しいとすると、なぜサルモネラ菌は宿主を守るメカニズムをわざわざ発達させているのかという疑問が湧くが、同じケージに感染マウスと、非感染マウスを飼うと、感染実験により、SlrPを持つ細菌の方が症状は軽い代わりに、他の個体への感染力は強いことを示し、ホストの症状を抑えることがバクテリアにとっても大きなメリットになることを示している。
話は面白いが、読んでしまうとあまり余韻が残らない研究だと思う。特に、多くの実験が細菌叢のない無菌マウスとサルモネラ菌との関係を調べる研究で、豊かな腸内細菌叢を持つ私たちにも本当に当てはまるのか心配になる。ただ、SlrPがCaspase1の活性化を阻害するという効果があるなら、inflamasomeの抑制に使える可能性はありそうだ。