その意味で、今日紹介するメイヨークリニックからの論文は誰もが理解してもらえると自信がある。タイトルは「Association between mentally stimulating activities in late life and the outcome of incident mild cognitive impairment, with an analysis of the APOEε4genotype(高齢者の脳を刺激する活動と軽度認知障害の発症との相関:APOEε4遺伝型の解析を併せた研究)」だ。
タイトルからわかるように、この研究では高齢者が知的活動を続けることで、老化に伴う軽度の認知障害(MCI)に陥るのを防げるかどうか調べている。実際には、1929人の認知障害の全くない高齢者(平均77歳)をリクルートし、平均4年間追跡した研究だ。この時、参加者が毎日行っている知的活動について聞き取りを行い、経過観察中は看護師が参加者を訪ねて、活動が続いているか確認するという念の入れようだ。この研究では毎日の活動として、1)様々なゲーム、2)工芸作業、3)コンピュータ作業、そして4)社会活動を取り上げ、これらの活動に全く関わっていない人と認知症の発症率を比べている。
この研究では、アルツハイマー病発症リスクが高いAPOEε4遺伝子型についても調べている。これは、老化による軽度認知症と、器質的な認知症を区別するためで、両者を比べることで、知的活動の認知症予防効果の仕組みの一端を知ろうとしている。また、認知症の診断もMCIと呼ばれる軽度認知症の診断基準を用いており、老化に伴うより生理的な認知症が対象になっていると言っていいだろう。
さて結果だが、驚くなかれ、平均77歳の高齢者を追跡すると、4年以内に実に1/4の人たちがMCIを発症する。こう聞くと恐ろしいが、MCIが一種の老化の表現だと思えば納得がいく。ただ、老化だからと諦めることはない。先に述べた4種類の知的活動を保っている人たちでは認知症の発症率が低い。実際のデータをみると、特にコンピュータを日常使っている高齢者で発症率が低く、次が手芸など工芸作業が予防効果がある。
この研究では日常本を読むという行動についてもその効果を調べているが、他の活動と比べると効果は高くない。またアルツハイマー病の遺伝リスクの高い人では、それぞれの活動の予防効果も限られる。
以上を私なりに総合すると、知的な刺激と指先も含めた適度な運動が組み合わさると、老化による生理的な認知障害の進行を防止することができるとまとめることができるだろう。ぜひ皆さんも心がけてほしい。
しかし、頭と指先を動かし続けると、脳の老化を防げるという話はよく耳にする。しかし、それを統計学的に証明しようとすると、このような十分な数の集団を追跡する大規模な研究が必要になる。この論文を読みながら少し気になって、今テレビで大きく宣伝されているトクホ食品や飲料の科学性はどのように担保されているのか、会社発表のデータを調べてみた。
例えば体脂肪を低下させると銘打ったS社の飲料で学会発表として引用されているのは80人・12週間の経過観察、また同じ成分の効果を日本の雑誌に発表したデータは200名、12週の経過観察だ。他のトクホもこの程度で、今回行われたような2000名、4年間といった長期研究はほとんど行われていない。もちろん、毒性がなければ、消費者が宣伝に惑わされて買うことに私はなんら問題は感じない。マーケティングが上手な会社が栄えるのは当然だ。
私が一番懸念するのは、それぞれのメーカーの研究者たちが、科学性とはこの程度のものだと勘違いすることだ。そんな風潮が食品といった最も大事な科学に広がれば取り返しがつかない。消費者の本当の健康を守る科学を目指す科学者が、日本のメーカーに溢れることを期待している。
後半の記載で考えさせられたのは、「科学的な裏づけに乏し健康食品・化粧品情報」と、「確りした裏付けを持つ報道ニュース」とが、例えば新聞紙面上で殆ど半々(量的に)で混在している現状が、メディアそのもの信頼性を低下させているのではないでしょうか。我々は、「社会の為にならない広告は引き受けない」という広告人片岡敏郎の毅然たる姿勢を学ぶ直す時期に来ていませんか。
おっしゃる通りだと思います。我が国が生き残れるかどうかは若い研究者にかかっていると思います。