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2月22日:利き腕は胎児期に決まる?(eLife掲載論文:eLife 2017;6:e22784. DOI: 10.7554/eLife.22784)

2017年2月22日
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   振り返ってみると、利き手がどのように発生するのかこの論文を読むまで考えたことはなかった。私たちの体は左右対称でないが、内臓の位置決めと利き腕とは特に関係はなさそうだ。内臓の位置の非対称性に関わる遺伝子は明らかになっているが、利き腕について行われたゲノム研究では、これらの遺伝子との相関はなく、また一つの遺伝子で決まってはいないことが明らかになっている。ゲノム研究で候補遺伝子は幾つか報告されているが、だからと言ってなぜ利き手が生まれるのか説明できていない。ゲノムがダメなら、どこから手をつければいいのか難しい問題だ。
   今日紹介するドイツ・ルール大学からの論文は、神経の発達途中で遺伝子発現が左右で違うのが原因になっているはずだとあたりをつけて、胎児脊髄の遺伝子発現を左右で比べた論文でeLifeに掲載された。タイトルは「Epigenetic regulation of lateralized fetal spinal gene expression underlies hemispheric asymmetries(脊髄での遺伝子発現のエピジェネティックな左右差が脳の左右差の背景にある)」だ。
   この研究の目的は、発生初期に脊髄での遺伝子発現に左右差があるかどうかを調べることだ。というのも、10週の胎児はすでに右腕の方をよく動かすことが知られている。10週ではまだ脳の発達は完成しておらず、10週で利き手があるとすると、脊髄の反応性で利き腕が決まる可能性があるからだ。

   研究では、8週、10週、12週の人工中絶胎児の首から胸にかけての脊髄を取り出し、左右の遺伝子発現を比べている。
   期待通り、8週では発現が右側優位と左側優位の遺伝子がそれぞれ1652個、39個存在し、左右で大きく異なる。ところが10週になるとこの数は差がある遺伝子全体で24個、12週ではたった4個に減少する。すなわち、脊髄では発生早期から遺伝子発現の左右差が強く見られ、この差は発達とともに解消することがわかる。
   発現に左右差のある遺伝子のなかで、言語に関するFoxP2が強く右で出ているのは面白そうだが、利き手の差を説明することはできそうもない。
  この研究では、発現している遺伝子の意味を問うのはやめて、差を生み出すメカニズムをmiRNAとメチル化DNAの分布を調べて探っている。
   結果だが、TGFβシグナル経路のmRNAを抑制するmiRNAの発現の左右差により、約4%の遺伝子発現の差が、またDNAメチル化のパターンの差によって約27%の遺伝子発現の差を説明できることを示唆している。
   結果はこれだけで、脳の発達前に脊髄に遺伝子発現の左右差が見られること、FoxP2や有名なLeftyと同じファミリーのTGFβシグナルに差が見られ、この差がmiRNAやDNAメチル化の結果だという面白そうな結論だが、なぜメチル化の差が生まれるのかなど肝心なことが説明できておらず、現象論から抜け出せていないと言っていいだろう。今後、内臓逆位の胎児や、脳での遺伝子発現を調べる研究が必要だろう。そして何よりも、モデル動物も必要になる。
   人間では圧倒的に右利きが多いが、サルでは7割ぐらいと右利きは低下する。一方、自閉症の子供は左利きが多いことが報告されている。たかが利き腕の問題と言えるが、困難で深遠な問題だ。それに手がかりが出てきただけでよしとすべきだろう。

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