しかし開発途上国にはまだまだ原因が特定できていない風土病は数多く存在する。その一つが西アフリカのNodding syndrome (頷き病)で、脳の発育停止による知的障害とともに、名前の通り頷くような仕草を繰り返す一種のてんかんが誘発される。今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、この頷き病の原因が自己免疫病の可能性があることを示す研究で2月15日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Nodding syndrome may be an autoimmune reaction to parasitic worm onchocerca volvulus(頷き病はオンコセルカに対する自己免疫病かもしれない)」だ。
頷き病がオンコセルカ寄生虫感染と強く相関することは従来からわかっていたが、オンコセルカが脳内に侵入しないことから、寄生虫自体の活動として症状を説明することは難しかった。
この研究では最初からオンコセルカに対する免疫反応が自己成分にも反応するようになり、頷き病が起こるのではと仮説を立て、まず患者血清中だけで上昇する抗体をスクリーニングしている。結果、頷き病の患者さんだけで抗体価が100倍以上高い抗原として、4種類の自己タンパクを特定している。次に脳脊髄液中にこれらの抗体が存在するか調べ、leiomodin-1と呼ばれる分子に対する抗体だけが脳脊髄液にも存在することをつき止めた。
あとは、leiomodin-1が確かに海馬を中心に錐体細胞で発現していること、抗体を神経細胞に加えると神経細胞死が誘導されること、そして同じ抗体がオンコセルカとも反応することを明らかにしている。
すなわち、オンコセルカに対する免疫反応が起こる過程で、leiomodin-1に対する抗体が誘導され、抗体価が上昇すると、少しではあるが脳内にも侵入し、海馬を中心に神経細胞が死に、脳の発達が停止し、てんかん発作としての頷く仕草が現れるというシナリオが示された。
しかし、この抗体が本当に頷き病の原因であることを証明するにはまだ研究が必要だろう。海馬のCA3領域に強くleiomodin-1が発現していることは、てんかん症状を説明できる。今後、この可能性を念頭に、患者さんの脳を調べる必要がある。
著者らはleiomodin-1が細胞内タンパク質で、抗体でアタックされないことを気にしているようだが、分子構造としては膜結合ドメインとして働ける領域を持っていることから、神経では細胞外に発現している可能性もある。実際、試験管内で抗体を加えるだけで細胞が死ぬ実験が示されており、この可能性は高い。おそらく、この謎はすぐ明らかになるだろう。もちろんT細胞の関与も考える必要がある。それには、脳の詳しい病理検査が重要だ。
まだ不明な点も多いが、このシナリオが正しければ、オンコセルカを早期に駆除するか、抗体価を抑える工夫をすれば病気が治る可能性がある。期待したい。
しかしこの論文を読むと、米国は途上国を病気撲滅という点から強く支援する伝統を持った国であることがわかる。トランプ政権でもこの伝統が守られることを祈っている。