論文を読んでいて最近目につくのが、ゲノム情報、次世代シークエンサーとクリスパーを組み合わせた、新しい細胞機能の解析で、十分な解析が終わっていたのではと思っていたガン分野で、これまで知らなかったガン細胞デザインの詳細が明らかになってくると、「神は細部に宿る」という建築家(ミース・ファン・デア・ローエ)がデザインに抱いた印象を、ガン細胞に感じる。
今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は典型例で、急性骨髄性白血病の増殖に関わる分子経路をクリスパーシステムを使って探索した研究で2月23日号のCellに掲載された。タイトルは「Gene essentiality profiling reveals gene networks and synthetic lethal interactions with oncogenic RAS(遺伝子の必要性のプロファイリングにより遺伝子ネットワークと、発がんに必要なRASとの統合的相互作用が明らかになる)」だ。
ガンのゲノム解析が明らかにした最もがっかりする結果は、同じタイプのガンでも、多様な遺伝子変異に裏付けられていることだ。すなわち、一筋縄ではいかない。とはいえ、こちらも手をこまねいているわけにはいかない。なんとかしてガンに共通の弱点を見つけたり、あるいは個別の弱点を整理する必要がある。この目的にCRISPRは最適だ。この研究を始め、多くの研究ではレトロウイルスベクターを用いてガイドRNAライブラリーををガン細胞に導入し、導入後がん細胞を一定期間増殖させた後、次世代シークエンサーを用いて導入したライブラリーの各ガイドRNAの頻度を調べ、ガンの増殖に抑制性、促進性のある遺伝子を特定する方法が用いられる。ガン増殖に必要な分子のガイドは、増殖ポピュレーションから消失するし、増殖抑制に関わる分子のガイドは逆に頻度が増大すると予想される。
この研究では増幅遺伝子に対するクリスパーシステムの問題の補正など幾つかの工夫を加えた後、14種類の異なる急性骨髄白血病株について同じスクリーンを行っている。この方法の利点は、増殖に関わるモジュールのすべての遺伝子が特定されることで、この結果それぞれの説明は省くが、14種類のAML共通に依存しているモジュールが10種類以上特定されている。多くはこれまで知られているモジュールだが、新しいネットワークも発見されており、今後各モジュールをガンの弱点として利用できるかどうかが明らかにされるだろう。
おそらくこれまでAMl研究を行ってきた研究者にとって最も面白い結果は、AML特異的なRASシグナル経路が存在するという発見だろう。すなわち、活性化RASとRAFとの複合体を活性化するため、GTP-RAC/PAKが必要で,このRAC-GDPからRAC-GTPへの転換をAMLはPREX1を用いているという発見だろう。残念ながら、だからと言ってこの経路の特異的阻害剤はまだないが、将来開発できる可能性はある。
論文はいろんな話が詰め込まれすぎていて、大きい研究室がなんとか大規模プロジェクトをまとめようという気持ちが見え見えの研究だが、いずれにせよCRISPRの賑わいを知るには十分だ。
しかし、私が目を通している雑誌からだけ判断すると、我が国はJapan Prizeを提供できても、この賑わいから取り残されている気がする。「いやそんなことはない」という話があれば、ぜひ聞かせてほしい。