SNSの信頼性をめぐって、これまで大手メディアは問題視してきたが、「大手メディアは偽ニュース」という「トランプのツィート」は、皮肉にもこの関係を逆転させて、「SNS=真実、メディア=偽」とまで主張している。私はトランプが信頼できるとは思えないが、SNSと既存メディアの境がどうあるべきか再考を促す反面教師としては評価できそうだ。これはおそらく、言葉が持つ嘘と真実の二面性の問題にもかかわる。バーチャルメディアのない時代は、空間や時間を超えた世界の体験は言葉を通してしか可能でなかった。そして皆、言葉に真実と嘘の2面性があることをしっかり認識していた。
少しノスタルジックになったが、今も言葉を通してしか体験できない感覚がある。嗅覚だ。継時的に空気をカプセル化するような技術があれば可能になるかもしれないが、刻々かわる匂いを記録するのは言葉を通してしかできない。今日紹介する米国を中心とした国際チームの論文は、匂いを惹起する分子と、その感覚に対する言葉の表現を結びつけようとした面白い研究で、匂いとは何かを改めて考えさせてくれた。タイトルは「Predicting human olfactory perception from chemical features of odor molecules(ニオイ分子の科学的特徴から人間の匂い感覚を予想する)」で、2月20日号のScienceに掲載された。
実際にはAIの話で、私にも完全に理解できない点も多いが、分子構造からその匂いがどう表現されるか当てようという発想自体が面白い。また、これを実現するため、22のチームが独自に課題にチャレンジし、予測するためのモデルを競わせ、最終的にどれが優れているのか決める手法は、コレクティブ・インテリジェンスを先取りした21世紀的研究に思える。
具体的には数多くの単一分子を嗅がせ、その感覚を19種類の言葉から選んでもらうという実験を49人の被験者に行ってもらう。もちろん人によって感覚は異なるため、最終的に全員一致の表現はないが、この結果をそれぞれのチームに提供して、表現と分子構造との相関を高い確率で予測できるソフトを各チーム独自に開発させ、その中で有望なものを選び、次の段階へ進むという戦略だ。
各個人の表現を分析すると、ニンニク臭、強さ、心地よさ、甘い、などは同じように感じられるが、木の匂いなどは個人差が大きいのも納得する。
結果だが、このような研究は一つの「結論」に到達するのではなく、これまでより優れたモデルが生まれることが結果になるる。従って、この研究から生まれた予測成績の良かったモデルを組み合わせて、心地よさや、強さといった感覚だけでなく、19種類の表現のうち8種類については多くの人の感覚に近い予測が可能になったとまとめていいだろう。今後は、さらにモデルを進化させる必要があるが、もともと個人差の大きい匂い感覚の表現を予測するプロジェクトは困難だが、挑戦的で期待したい。
おそらく将来は、反応する匂い受容体、刺激の感覚のマッピングと、今回のようなAIによる匂い予測を統合した匂いの脳科学も可能になるだろう。さらには、言語研究や文化人類学、さらには「真実」に関する哲学にも新しい可能性を拓くのではという期待を感じる。未来的「匂い」のする論文だった。