しかし我が国だけでなく、民族差別意識が政治を大きく動かすようになっている。振り返ると、第一次大戦前、科学者もフランス人とドイツ人のどちらの脳が大きいのか真面目に議論した時代があった。国際主義が民族主義に凌駕されるときはいつも戦争が始まる。
一方、現在の民俗学分野では出土した骨のDNA鑑定が進み、私たち一人一人が結局は国際的交流の結果であることが明らかになっている。最終的に男と女の間に、国も政治もない。国も、民族も、階級も男女の間にはないことを第一次大戦という舞台で示したジャン・ルノワール監督の「大いなる幻影」を見て欲しいと思う(少し古すぎるかも)。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は現在進む民族交流の文化背景を調べた仕事の例といえるだろう。タイトルは「Ancient X chromosomes reveal contrasting sex bias in Neolithic and bronze age Eurasian migrations(古代人のX染色体から新石器時代と青銅器時代のユーラシアからの男性優位度の違いが明らかになる)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された(www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1616392114)。
私たちは世界史で4世紀から8世紀にかけて起こった東から西への民族の移動について必ず習う。しかし、実際にはこの動きは何千年も前から起こっており、これによりインド・ヨーロッパ語もヨーロッパにもたらされた。中でも新石器時代から青銅器時代にかけて、農耕とその技術が最初はトルコから、その後黒海の草原地帯からもたらされたとき人間の大規模な移動が起こったことが、現在の人種の比較や、言語、考古学的遺物からわかっていた。
この研究では、各地から出土した新石器時代から青銅器時代の人骨のDNAの常染色体とX染色体を、移動元のトルコアナトリア、黒海草原の遺伝子と比較、交雑の進み具合を常染色体と、X染色体で別々に算定して、男女が一緒に移動したのか、あるいはどちらか一方だけが移動したのかを調べている。原理は簡単で、もし男性だけが移動したとすると、常染色体の交雑の方が早く進む。一方、女性優位であればX染色体の交雑が早く進む。
結果は明快で、新石器時代農耕技術そのものがヨーロッパにもららされたときは、男女一緒にアナトリア地方から移動している。農耕自体の移植には、最初から家族が必要なのだ。一方、青銅器時代に優れた道具や農耕技術が伝えられたときは、ほとんど男だけが持続的に西へと映り続け交雑したと結論している。時には、半分のお父さんが、よそからやってきた流れ者という時代があったようだ。おそらく家畜化した馬により男性が移動し定着することで、馬を含む農耕技術が伝えられたと結論している。
この研究だけでなく、古代DNAを基盤にした民俗学をみると、民族の優位性を誇示することがいかに意味がないか分かる。
その意味で、私はタイ国の民族博物館で、タイ人が少なくとも7種類の民族が混じり合ってできた国であることを誇りにしているのに驚いた。あれほど国王を慕う国で、国王が統一のシンボルであっても、民族のシンボルと見られていない。私たちも見習うところが多いと思う。
「大いなる幻影」の誤りではないかと思います。
監督はジャン・ルノワールです。
直しておきます。Grand Illusionだけが頭に残っていました。もちろんルノワールです。