これは誰でもわかる例だが、何に学習が必要で、何を生まれつき持っているのか区別するのは実は簡単ではない。その最たる例が言語能力で、通常言葉を並べる統語能力は学習によると考えられてきたが、米国のチョムスキーは、統語能力が生まれつき備わっていると普遍文法を提案し、現在ではこの説が広く受け入れられている。
同じことは昆虫にも言える。ハチの8の字ダンスが蜜を発見した情報伝達手段であることを示し、ローレンツ、ティンバーゲンとともにノーベル賞を受賞したフォン・フリッシュだが、このようなハチの高次行動は生まれつきと考えられてきたのではないだろうか。
今日紹介するロンドン・クイーンメリー大学からの論文はハチにも本能と区別できる学習能力があることを証明した研究で2月24日号のScienceに掲載された。タイトルは「Bumblebee show cognitive flexibility by improving on an observed complex behavior(マルハナバチは複雑な行動の観察に基づいて認知可塑性を高める)」だ。
研究は高校生の生物実験としても使える2種類のシンプルな実験システムを学習課題として考案している。
まず、ハチを訓練するための実験台を巣と接続させ、そこにハチが一匹だけ入ってくるように設計する。すなわち、なるべく自然の状態のハチを使えるようにしている。この実験台には小さな穴と、花粉に見立てた黄色い玉が置かれており、この玉を穴に上手く入れると褒美の砂糖水がもらえるようになっている。この訓練を繰り返すとハチは黄色いボールを穴に入れるようになるが、この時ハチの形を模したフィギュアが黄色い玉を穴に運ぶ様子を横で観察させて、ハチがフィギュアの行動を見ることで学習効果が上がるか調べている。
結果は予想通りで、フィギュアの行動を見て学習したハチは、成功率が上昇し、また成功するまでの時間も短縮される。すなわち、他の個体の行動から学習することができる。
次に、他の個体から学習したことを、自分なりに処理し直して行動するかを調べている。
この目的のために、今度は三叉路の中央に穴があり、それぞれの経路に3個の黄色い玉を置いてあって、どれかを穴に入れれば褒美がもらえる課題を使っている。面白いのは、それぞれの経路にある黄色い玉と穴までの距離がまちまちになるよう黄色い玉をおく。何も学習していないハチの成功率はもちろん低い。そこで、最も遠い場所にある黄色の玉を穴に入れるように訓練したハチを使って、最も遠いところの黄色い玉を実際に穴に入れさせ、それを観察させる。あるいは、磁石を使って穴から最も遠い黄色い玉が穴に導き、その様子を観察させる。そのあとで、ハチが黄色の玉を穴に入れるか、またどの玉を穴に入れるかを観察している。
まず、実際のハチの行動を見たハチの方が自然に黄色い玉が穴に入るのを見たハチより成功率が高い。おそらく、これはハチの社会性を物語るのだろう。しかし、何も観察しない群と比べると、黄色い玉が自然に穴に入ったのを観察するだけで、成功率が上がる。極めて好奇心旺盛に脳ができているようだ。
最も面白いのは、どちらのケースでも、手本としては最も遠い玉が穴に入るのを見たにもかかわらず、自分で行動するほとんどの場合、最も近い玉を穴に入れている。したがって、同じパターンをそのまま繰り返すのではなく、行動を自分なりに処理して行動に転換している。
もちろん、複眼による視覚機能も含め、昆虫の身になってこの現象を理解する必要があり、単純に楽な方を選んだと結論するのは危険だろう。しかし、この実験から、他のハチの全く新しい行動も脳内で心的イメージとして表象され、それにしたがって行動を変化させる能力があることはよくわかった。実験は簡単だが、今後面白い発展がありそうな気がする。