今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、まさにこの驚異の電流検出能力の生理学的、生化学的基盤に迫った論文で昨日Natureに発表された(doi:10.1038/nature21401)。タイトルは「Molecular Basis of ancestral vertebrate electroreception(脊椎動物の祖先型電気感受能力の分子基盤)」。
この研究では脊椎動物としては最も未熟なガンギエイが使われている。というのも、軟骨魚にはロレンツィーニ膨大部と呼ばれる電流を感じるための特別な器官が存在しており、電流を感じる神経が集まっている。
研究ではまず、ガンギエイのこの器官の単一神経細胞のイオンチャンネルを記録するパッチクランプ法を用いて生理学的研究を行い、電位を感じてカルシウムが流入するとそれによりカリウムチャンネルが開くという仕組みがこの感覚に関わることを確認している。すなわち、電位依存性のカルシウムチャンネルと、カルシウム依存性のカリウムチャンネルが電位を感じる分子メカニズムであることを確認している。
あとは、カルシウムチャンネルを活性化する電位は予想通り低いこと、一方カルシウムにより活性化されるカリウムチャンネルの電導性が低く、持続時間も短いことなど、チャンネルの組み合わせの生理学的特性を明らかにした上で、それぞれのチャンネル分子のアミノ酸配列を調べ、高い電流感受性の仕組みを探っている。
詳細は省くが、カルシウムチャンネルは電位を感じる部分に隣接するチャンネル部分に特異的配列があり、これにより小さな電気センサーの動きでチャンネルが開くようになっていることがわかった。一方、カルシウムに反応するカリウムチャンネルは伝導度が低く(すなわち多くのKを通さない)、また開いている時間も短い性質を持っており、これにより膜電位の早い振動が形成されていることがわかった。この早い反応で、小さな電位で興奮しても、すぐに元に戻って次の刺激に反応できるように設計されており、長い過分極を防いでいることがわかった。
これを確かめるために、様々な遺伝子変異を導入してチャンネルの特性を変えて調べている。生化学的特性と、生理学的特性が見事に説明できた、話としては納得の仕事で、ひとつ物知りになった満足感がある。 その上で改めて見直してみると、このような高感度のチャンネルは間違いなく様々な神経操作に使えると想像できる。実際、将来の神経操作技術開発を目指しているのではとすら思えてくる。今回明らかになったメカニズムは音を感じるヘアー細胞のメカノセンサーに極めて似ている。すでにメカノセンサーが磁場で操作できる神経操作に使われているのを考えると、間違いなく微小電気により感情が高まるマウスが生まれると期待できる。
細かい話ですが、元の論文には 5nV/cm とあります。これは距離あたりの電位差、すなわち電位勾配です。これを「たった5nVの電位」と書くのは不正確です。魚が感受する実際の電位は、この電位勾配に感覚器(おそらく側線系)の長さを掛けた値に相当すると思われます。論文中で引用されている文献2には魚(dogfish)の体長は30-40cmとあるので、利用できる電位差は100nVオーダーであると推測されます。
細かい指摘すぎてどうもすみません。
指摘ありがとうございます。距離あたりの電位という表現があるとは全く思いもかけませんでした。さっそく訂正します。パッチで使っているボルテージのスケールと随分違うので、不思議に思っていました。今後もよろしくお願いします。