次に重要な細胞レベルの結果を個体レベルの症状と対応させるための研究には、動物モデルが重要になる。しかし、動物モデルでは高次の社会行動を再現できないこと、複雑な遺伝子ネットワークの異常を再現できないなどの壁が立ちはだかる。とはいえ、モデル動物も作成可能な、特定の遺伝子の異常に起因する稀な自閉症の研究からなんとか一般的法則を導き出そうとする地道な研究が進んでいる。これまでも特にMESP2重複症や欠損症については研究を紹介してきた。
今日紹介するハーバード大学、ベスイスラエル医療センターからの論文はUBE3Aの過剰発現によると考えられる自閉症発症のメカニズムを、モデル動物で丹念に追いかけた研究で、MECP2の関わる自閉症の理解にとっても重要なヒントになりそうな研究だと思う。タイトルは「Autism gene Ube3a and seizures impair sociability by repressing VTA Cbln1(自閉症の原因遺伝子の一つUbe3aは腹側被蓋野のCbln1発現を抑制して社会性を抑制する)」で、Natureにオンライン出版された。
原因遺伝子が特定されている自閉症の一つに、15番染色体の一部が3倍に重複することで起こるタイプが存在する。これまでの研究でこの領域のUbe3aと呼ばれるユビキチン化活性と転写のコファクターの両方の機能を持つ分子の発現が上昇することが主な遺伝的原因であることがわかっている。この研究では、Ube3aを過剰発現させたマウスの脳で強く抑制される遺伝子の中に、Cbln1と呼ばれる補体ファミリー分泌分子があることに着目している。Cbln1はグルタミン酸受容体などと結合してシナプス形成をリードする分子として注目されており、この分子が引っかかってきたことで研究は大きく進展したのだろうと想像する。
Ube3aとCbln1の関連を明らかにするため、Cbln1をグルタミン酸トランスポーター発現細胞でノックアウトし、Ube3a過剰発現マウスと同じように他の個体への関心が薄れることを明らかにするとともに、これがグルタミン酸作動性シナプス形成の障害によることを示している。
この研究のハイライトは、遺伝的病態にとどまらずマウスのてんかん性の発作を誘導した時、Ube3a過剰発現マウスと同じ病態が誘導され、1ヶ月以上持続すること、そしてこのてんかん発作により誘導される社会性の異常は、脳内の背側被蓋領野のグルタミン酸作動性シナプスがCbln1により形成される過程の異常によることを明らかにしている。
最後に、薬剤とUbe3a過剰発現により誘導される社会性の低下を、Cbln1分子の過剰発現で抑制できることを示している。
Ube3aからスタートした研究だが、結論的には背側被蓋野のグルタミン酸作動性ニューロンのCbln1を介するシナプス形成へと収束させた点が重要だ。これにより、てんかん発作と自閉症症状が合併する多くの病気を説明できるようになるかもしれない。さらにMECP2分子はUbe3aと結合することが知られている。レット症候群やMECP2重複症を新たな視点から見ることで、介入可能な分子過程が明らかになることを期待したい。