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3月20日:新しいサイトカインシグナルの概念I:エリスロポイエチン(3月9日号Cell掲載論文)

2017年3月20日
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  1990年前後の血液学は、造血因子とそのシグナル伝達経路の解明をめぐっての競争に湧いていた。現在臨床に使われている様々なサイトカインや、それに対する抗体療法も、元はと言えば当時の研究から生まれたものだ。サイトカインとその受容体の結合により活性化される細胞内分子も続々明らかにされ、トップジャーナルには常にこの領域の論文が掲載されていた。これらの結果は現在では教科書の内容として記載され、シグナル伝達経路に関する研究はマニアックな研究領域になったのではないだろうか。
    しかし教科書に記載されてしまうと、話が単純化されステレオタイプになる。即ち、受容体の下流でシグナルを伝える分子は、遺伝子ノックアウト研究などで最も目立つ経路だけが記載され、実際に活性化される分子のほとんどが無視されることになる。実際私の頭の中に入っている経路もすでに教科書的なものに置き換わっている。
   今日、明日と、実際のシグナル経路は複雑で、教科書的コンセンサスのみに頼ると、実際の病気に立ち向かえないことを示した、ともに3月9日号のCellに発表された論文を紹介しようと思っている。
   今日はエリスロポイエチンのシグナル経路についてのハーバード大学からの論文で、タイトルは「Functional selectiveity in cytokine signaling revealed through a pathogenic EPO mutation(病的なエリスロポイチン突然変異からわかったサイトカインシグナルの機能的選択性)」だ。
   この研究は最初赤血球造血が強く抑制される遺伝病ダイアモンド・ブックファン貧血(DBA)と診断されていた小児の病因解析から始まる。DBAの多くはリボゾームタンパク質をコードする遺伝子の突然変異に起因しており、骨髄移植により治る。しかし患者さんは骨髄移植でも全く改善せず、逆にGvH反応が強く最終的には亡くなる。そこで徹底的に遺伝子解析(エクソーム)を行い、ついにエリスロポイエチン(EPO)の150番目のアミノ酸がグルタミンからアルギニンに置換する突然変異によることを突き止める。
   この突然変異の機能解析から、変異EPOは受容体への結合が弱く、またすぐに受容体から離れることが明らかになる。教科書にはEPO受容体はJAK2の活性化を介するSTAT5を活性化が主要な経路であることが示されている。これを確かめるため、変異型EPOによる下流分子の活性化を調べると、たしかに正常EPO濃度ではSTAT5の活性化が低下しているが、患者さんの血中と同じ高いEPO濃度で刺激すると、STAT5の活性化はほとんど正常に行われていることがわかる。そこで、他のSTAT分子を調べると、高濃度のEPOでもSTAT3、STAT1の活性化が低下したままである事、また同じ状態がJAK2を抑制する事でも起こる事が明らかになる。すなわち、変異型EPOと受容体の結合では十分なJAK2の活性化が起こらず、その結果STAT1,STAT3の活性化が不十分のまま終わる事が明らかになった。
   残念ながらこの研究のきっかけになった患者さんは亡くなったが、新たに見つかった同じ患者さんにEPOを投与すると、期待どおり貧血を治す事ができた事を示している。
   以上の結果から、サイトカインシグナルは教科書に書かれているように単純なものではなく、実際にはサイトカインと受容体の微妙な反応により複数の経路が活性化される事で、正常機能が維持されている事、そして何よりもDBAも症状からだけ診断するのではなく、エクソーム検査をしっかりと行い、それに合わせたプレシジョンメディシンを進める事の重要性が分かる。
   研究自体は驚くような話ではないが、患者さんからまだまだ学ぶ事が多い事を実感する研究だと思う。明日は、stem cell factorのシグナルに関する論文を紹介しよう。

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