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ヒトiPS細胞の基底状態維持培養。培養の標準化:10月30日Nature online(オリジナル記事)

2013年11月4日
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ついこの前、Jacob Hanaの論文を、「完全なリプログラミング」として紹介したばかりだ。2週間もしないうちに、今度はヒトiPSの基礎状態を簡単に維持できる培養法を開発してしまった。彼の仕事を紹介する前に、ちょっと難しくなるが、一般的な解説をしておこう。山中さんが体細胞リプログラミングの話を報告して以来、最も重要な問題は、
1)リプログラミングがランダムに起こるため、この過程をコントロールすることは困難で、出来てくるiPSにどうしてもばらつきが出ていた。これを解決するためには、全ての細胞が短期間でリプログラムされる条件を決める必要がある。これについては、NurDと言う抑制分子を取り除いてやる事で達成する事が出来る事をJacobは報告した。この結果、全ての細胞を7日以内でiPSへと誘導する完全リプログラミング法が完成した。
2)次の問題は、未分化状態の安定な培養法だ。現在の培養方法では、どうしてもばらつきが出る事がわかっている。そのため、どれが標準の培養になるかは哲学問答のようになってしまっていた。しかしマウスについては、英国のSmith達が、培養されているほとんどの細胞が一定の未分化状態に安定に維持できる培養法を開発して、この状態を「基底状態」と呼んだ。ただこれまでマウス以外の動物で、基底状態を安定に実現する事は出来なかった。ヒトiPSの基底状態での培養は可能か?これが重要な問題だった。
  iPS細胞培養にとって一番重要な2つの課題を、Jacob達は一連の論文で全て解決した事になる。即ち今回は、ヒトiPSの基底状態を維持する培養法を開発してしまった。論文では、基底状態で培養するための条件と、こうして維持されるiPSがマウスと同じ基底状態にある事を証明するデータがこれでもかこれでもかと示されている。詳しい解説は必要がない。ヒトiPSの完全なリプログラムと、基底状態での維持が可能になった事を高らかに宣言する論文だ。そして私が最も驚いたデータは、こうして維持されている基底状態のヒトES細胞をマウスの胚盤胞に注射すると、マウスの発生とともに胎児内で分化して、身体の様々な所で正常の細胞になる事だ。この実験は、まだ我が国では法律で禁止されているが、しかし驚くべき結果で、これまで知る事がかなわなかった新しい事がわかってくる予感がある。JacobはJaenisch研にいるときから、流行りにとらわれず、最も重要な問題を選んで、手間を惜しまない研究を行っていた。イスラエルに帰ってから短期間で、iPS分野の最も重要な問題を全て解決した事に本当に拍手を送りたい。実を言うと、先週Jacobに会う機会があった。仕事の事を褒めたら、これで済まないそうだ。今度は、思った通りに分化を誘導できる様々な方法を開発しており、論文が続々出てくるそうだ。iPSの臨床応用が急速に進むことが予感できる。同時に、この分野では、当分Jacob Hana時代が続く事も予感した。

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