とはいえ、セントラルドグマを乱しかねない物騒なRNA編集はアポリポタンパク質やグルタミン酸受容体などほんの一部の分子に限られ、人間では3%近くのRNAが編集を受ける可能性を持っているが、実際に編集が確認されたのは25種類の遺伝子に限られている。
今日紹介するイスラエル・テルアビブ大学からの論文はタコやイカなどの頭足類はRNA編集を積極的に取り込むよう進化したことを示した論文で4月6日号のCellに掲載された。タイトルは「Trade-off between transcriptome plasticity and genome evolution in cephalopods(頭足類に見られるゲノム進化とトランスクリプトームの可塑性の取引)」だ。
このグループはすでにイカのほとんどのmRNAが編集を受けることを2年前に示していた。この結果の意味を探るため、この研究では2種類のタコ、2種類のイカ、オウムガイ、そしてアメフラシを取り上げ、RNA編集がどの程度起こっているのかをまず調べている。すると、アメフラシやオウムガイではほとんど見られないものの、タコ、イカでは高い頻度でA-Iの編集が見られることを明らかにしている。また、実際に翻訳されたタンパク質の配列を質量分析器で調べ、編集によりアミノ酸の変異が起こることを確認している。この結果は、タコ・イカの進化経路だけでRNA編集の利用が高まったことを示している。
面白いのは、この編集が神経系に最もよくみられることで、他の論文でも神経系の多様性に関わると考えられているプロトカドヘリンでRNA編集が高頻度で行われている。しかも、神経系で見られる編集の場合約6割がアミノ酸の変化を伴う編集が行われており、この機構を積極的に使っていることを示している。
では、RNA編集により何が起こるのか、これを調べるため編集が特定のアミノ酸で高頻度に起こるタコのカリウムチャンネルについて、元のタンパク質と編集後のタンパク質を比べ、チャンネルが開くプロセスには全く変化がないものの、編集の結果チャンネルの閉まる速度が上昇していることを示している。実際には、編集されるそれぞれのタンパク質でその機能的変化を調べる必要があるのだが、この結果から、編集が特定の新たな機能を分子に与える目的で積極的に使われていることを示している。
最後に、もし多様性を獲得するための編集の重要性が高いなら、これを維持するためゲノム自体の変異は低いはずだとあたりをつけ、編集が行われる場所のゲノムを調べると、予想通り対応する領域は進化を超えて保存されており、このことからもこれらの種にとってのゲノム編集の重要性がうかがわれる。
面白い話だが、本当はなぜタコとイカかという問題が残っている。偶然性を積極的に取り入れて形成する神経ネットワークはどんなものかぜひ知りたい。ひょっとしたら、全く新しいコンピュータの設計につながるかもしれない。